七
大変遅れまして申し訳ありませんでした。
春則が部屋を出ていった後も、沙枝たち三人はなかなか口を開かなかった。春則の格好良い姿の余韻が、部屋に漂っているように感じる。
「それで…、ここで僕は、君たちが活躍するのを待っていれば良いということだよね。」
そう遠慮がちに発された響夜の言葉に、またも沙枝は黙ってしまう。その声に、隠しきれない響夜の寂しさを感じ取ったからだ。
「なら一緒に来るか?俺はそれでも構わん。」
そう返した燥耶の声は驚くほど硬かった。顔を上げた響夜は、燥耶と目を合わせる。二人の間に、沙枝には口を挟めない何かがあるように感じた。
「…いや、いいよ。僕がいても、二人の足を引っ張るだけなのは目に見えてる。二人に迷惑をかけたい訳じゃないんだ。」
響夜が絞り出すように発したその声は、今までに聞いたことがないくらい辛そうだった。
「…分かった。…なら、俺も一度席を外す。しばらくしたら戻ってくるよ。」
「燥耶!」
響夜の声にも振り返ることなく、燥耶は部屋を出ていってしまった。
「…響夜?…燥耶、どうかしたのかな?」
春則が部屋を出てから初めて口を開いた沙枝。疑問がいっぱいだったが、下手に割り込んでもいけないと感じた沙枝は、核心をついた話をできないでいた。
「…いや。沙枝が心配することじゃないよ。燥耶も僕も、全然大丈夫さ。」
じゃあなんで、顔がそんなに大丈夫そうじゃないの?という言葉が喉まで出かかったが、沙枝はそれを呑み込んだ。
「それよりも…、沙枝。んと、…気を付けてな。」
「…うん。」
「それで…な。……………、いや、何でもない。頑張って。」
「…うん。」
そのまま響夜は黙ってしまった。何だか気まずいような沈黙が、二人の間に揺蕩う。
「…ねえ、響夜。私に何か、…言いたいことがあるんじゃない?」
精一杯勇気を出して、沙枝はそう響夜に声をかける。沙枝にとっては、これでも一歩踏み込んだ質問だった。響夜はすぐには答えない。
「……………。何も、ないよ?」
長い沈黙が、色んなことを物語っている気がした。それでも。
「…そっか。」
沙枝は、黙っていることを選択した響夜の意思を尊重することにした。
「…僕、燥耶を探しに行ってくる。」
そう言い残し響夜も部屋を出ていく。一人残された沙枝は、果たして自分の言葉は響夜にかけるものとして正解だったのか、頭を悩ませることになった。
部屋を出て数歩。角を折れてすぐのところに、燥耶は立っていた。その目は何を見ているのか。虚空を見上げるその瞳に、映るものは何もなかった。
「いきなり出ていくなんて。…どういうつもりだよ。」
「…いや。その方がいいかと思って。しばらく会えないことは確定しているし。」
「だからといって、燥耶に気を遣ってもらいたくはないよ。第一、そうしてくれとも僕は言ってない。」
「へえ、そうか。それで、沙枝に何を言ったんだ?言ったら悪いが、響夜は御膳立てされないと動けない性格のように見えたから今回こうしたんだがな。」
皮肉っぽい声音で燥耶にそう言われ、響夜はぐっと詰まる。頭の中で、その通りだ、と認めてしまっている自分がいた。




