二
すると隣の若者から声を掛けられる。
「あの、女の子……だよね。どうしてここに?」
「ムラを守りたくて駆けてきた結果ここにいます。
それよりも聞かせて下さい。戦の様子はどうだったんですか?そして……シノミ族の男達は……?」
途端に若者の顔に影が差す。
「大体察してると思うが……。ここにいない者は皆死んだよ」
予期していた答えにも関わらず、実際に耳で聞いた衝撃は想像を遙かに超えていた。茂繁達ムラの優しい男衆は、もういない。
「あれはひどかった。倒しても倒しても敵が湧いてきた。味方が一人、また一人と減っていくたびに膨らむ絶望感……。地獄もかくやと思った」
若者が口を閉じると、反対側にいた壮年の男も声を掛けてきた。
「お前もしかしてシノミ族の娘じゃないのか。そうだろう。
シノミの長の戦いぶりはすごかったぞ。俺達がどうしても攻撃に押され、ムラの入り口からも後退し始めた時、長は一人一歩も引かず、周囲を完全に囲まれようともムラに入ろうとする敵を何十人も斬っていた。あれはまるで鬼神のようだったな。彼が六本の槍に貫かれて倒れた瞬間。今でも目に焼き付いてる」
沙枝はまたも涙を流していた。もう涸れたと思っていたのに。何人もの人が命を懸けて守ろうとしたムラは、もうない。
しばらく沈黙が続いたが、やがてもう一度若者が呟くように沙枝に尋ねる。
「センのムラは、避難した皆は無事なのか」
それまで伏せっていた男達も一斉にこちらを見る。沙枝は少し困ってしまった。
「私には分からないんです。私は戦が始まったという知らせを受けてすぐに飛び出してきたので。皆自分達の身を守るための準備は進めていましたが……」
誰も何も答えず、ただ俯いた。沙枝もひどく心配になった。ムラのおばさん達、子供達、咲、幸。また会うって、約束したのに。ここまでになるなんて、思ってもみなかった。
ドガンッ!
今までで一番大きな揺れと共に、荷車が急停止する。腕と足が縛られているため、上手く身体を支えられない。隣の若者と頭をぶつけ、目の前に火花が散った。
くらくらする頭をおさえようとしていると、前方から男の罵声と鞭を打つ音、そして女の悲鳴が聞こえてきた。
「おら!何をしてる!さっさと立て!お前に休んで良い時間なんてないんだ!」
「し、しかし……。もう疲労の限界で……」
「つべこべ言うな!もっと痛めつけられたいか!」
そこで沙枝ははっと気付く。そうなのだ。今私たちを運んでいるのは、他のムラで捕らえられ、奴隷として働かされている人々なのだ。顔が青くなるのを感じる。見ると他の男衆も少なからずショックを受けているようだった。
しばらくすると荷車は先程よりも遅いペースで再出発した。沙枝は小刻みな振動を感じながら、クナイへの怒りを再燃させていた。こんな非道な行い、到底許せない。でも、手足を縛られ、檻の中に転がされている今の状況では何も出来そうにない。
私はどうすれば良いのだろう?
その問いに答えてくれる人は、沙枝の周りにはもう、一人もいなかった。




