二十
「お帰り。」
響夜のいつも通りの笑顔に沙枝は安心した。部屋を出て行くときは少し変だったような気もするが、きっと気のせいだったのだろう。
「ああ。…さっきは急に出て行って、すまん。」
一緒に帰ってきた燥耶が沙枝の横でそう言った。
「いや。仕方ないよ。僕の方こそ、なんか空気を重くしちゃってごめんね。」
燥耶の返答がない。
「…燥耶?」
「…あ、ああ。大丈夫だ、気にしてない。」
「…ならよかった。」
何だかまた燥耶が逃げ出してしまいそうな空気になってしまったのを見かねた沙枝は明るい声を出す。
「響夜。大丈夫。夜継は私たちが倒すよ。私たちを信じて。」
「…分かった。その言葉を信じるよ。ひとまず今日は明日に備えて寝よう。」
「そうだね、そうしよう。二人ともお休み。」
「お休みー。」
「お休み。」
沙枝は立って部屋を出る。宿はいつも二部屋取っていた。二人部屋に燥耶と響夜。一人部屋に沙枝。
「やっぱり寂しいなあ…。」
当然といえば当然の部屋割りなのであるが、沙枝は毎晩寂しくて仕方なかった。社では燥耶と同室だったし、コナギのムラでも燥耶のそばにずっとついて看病をしていた。毎晩一人で寝るというのは、旅を始めてからなのだ。かといって、今の私が燥耶の隣で寝ようとしても、気になって眠れないかもしれない。社では自分の気持ちに完全には気付けていなかったし、コナギのムラでは看病に夢中だった。元気な燥耶の寝姿を見てしまったら、私はどうかなってしまうかも。それでも、一人で寝る寂しさはかなりのものがあった。そうなると、色々と後ろ向きなことを考えてしまう。これからへの不安。自分の能力への不安。それらが大きくなるより前に、沙枝は布団に入って目を瞑るのだ。希望が路となって目の前に伸びている光景を瞼の裏に描きながら、沙枝は毎晩のように眠りについた。
沙枝が出ていき部屋の戸が閉まっても、しばらくその部屋には静寂が広がったままだった。
「…それじゃあ、寝ようか。」
響夜が遠慮がちに口を開く。その声に被せるように、燥耶は思わず聞いてしまった。
「何があったのか、聞かないのか。」
はっと顔を上げた響夜はしかし、燥耶と目が合うと俯いた。
「いや、いいよ。僕が聞いてもしょうがないことだよ。」
「じゃあ何で俯くんだ。俺の目を見てもう一度言ってみろよ。」
「……………………。」
響夜は俯いたままだ。
「響夜。」
「今日はもう寝よう、燥耶。」
「響夜!」
響夜は燥耶と目を合わさないまま立ち上がり、寝る支度を始めた。燥耶はその背中に声を掛ける。
「響夜。これだけは言っておく。響夜が俺のことをどう思っていたとしても、どんな悩みを抱えていたとしても、俺はお前のこと命の恩人だと思ってるし、…友達だと思ってる。」
響夜の動きが止まった。
「…お休み。」
そう言って燥耶は響夜に背を向ける。
「………お休み。」
後ろから小さくそう呟く声を、燥耶は確かに聞いた。
三人それぞれに複雑な思いを抱えながら、夜は更けていく。ミヤコまで、あと五日。
8月6日(火)の更新はお休みになります。
次回更新は8月8日(木)です。
すみませんがよろしくお願いします。




