十七
「なあ、沙枝。」
その声にはっとする。声色に聞き覚えがあった。あの戦に旅立つ前に、夜継が社にやってきた時。その時も今も、燥耶は同じものに心を苛まれていたはずだ。
それは不安。当然のことだった。
「俺は、…やっぱり怖いんだよ。」
「…わかるよ。」
「ごめんな。俺から言い出したことなのに。」
「ううん。燥耶が謝る必要はないよ。それにきっと、燥耶が言わなかったら私が言ってたと思うし。」
「そうか…。ありがとう、沙枝。沙枝がいなかったら、俺もうだめだった。」
「燥耶、それは私もだよ。だから、いいっこなし。ね?」
「ああ、そうだな。」
しばらく黙った燥耶が、こちらへ振り向いた。目尻が月明りを反射して光ったように見えたのは、きっと沙枝の気のせいだったのだろう。
「それで、どうする。」
沙枝に向けられたその眼差しは、決意に満ちていた。
「私は、燥耶にどこまでもついていく。そう決めたから。あの戦の時はそうじゃなかったけど、今度は違う。最後まで燥耶の隣にいる。燥耶が何を言っても、私はそうするよ。」
燥耶の目に負けないように、沙枝は声に力を込めてそう言った。燥耶に、自分の気持ちが真剣であることが伝わるように。
「沙枝…。」
「前に、燥耶が刺された時。私は悔しかった。何でずっと、燥耶の側にいなかったんだろう、って。私にも燥耶を守るために何かできたかもしれないのに、ただ燥耶が倒れていく様を遠くから見ていることしかできなかった自分が許せなかったの。だから…、ね?…それに、守ってくれるんでしょ?私のことを何が何でも。」
「ああ、そうさ。俺の力が及ぶ限り、命に代えても。」
「…ありがと。…だからね、私は燥耶を信じる。燥耶がどこに行こうと、私は絶対についていくよ。」
「…そうか。沙枝の気持ちは分かった。俺も、止めることはしない。…むしろ、ついてきてほしい。沙枝がいればきっと、どこまでだって行ける。」
「うん。ありがと。」
「それで…、どうやって夜継を倒せばいいと思う?沙枝の意見を聞かせてくれないか。」
「あ…そうか。そうだね。どうしようか。」
「格好悪いんだが、俺には自信もないし、名案も浮かばない。相変わらず怖いしな。」
「そんな、何度も言ってるけど、燥耶じゃ仕方ないよ。」
「でも、そう言ってくれる沙枝にいつまでも甘えている訳にもいかない。…そのためにも、夜継は何としてもこの手で倒す必要があるんだ。」
「なんか嬉しいな。」
「…なぜ?」
「燥耶がそんなこと言うようになるなんてな、って。改めて思ってさ。覚えてる?私が燥耶と初めて会った時、燥耶しゃべることすらできなかったんだよ?」
「勿論、覚えているさ。…何か恥ずかしいな。改めてそんなこと言われると。」
燥耶の頬がわずかに赤みを帯びていた。初めて見る表情に、思わず笑顔になる。
「だから、私は燥耶がどんなだって、格好悪いなんて思ったりしない。…最初の頃に比べたら、今の燥耶は何だって格好良いよ。」
「お、おう…。ありがとう。」
さっきから全然話が前に進んでいない気がした。




