十六
「そうだな…。一番安全なのは社のはずなんだけど。巫女見習いとして保護してもらったりはできないのかな?」
「んー、確かにその通りだけど…。前に大母巫女様に聞いたけど、社にやってくる女の子って結構多いんだって。その子たち皆を受け入れてたらすぐに社が一杯になっちゃうから、大母巫女様が見て、巫女の素質があると思った子だけ長く社にいることを認めるらしいよ。だから、咲と幸が社に長くいられるかどうかは今は分からないんだよね…。」
「うーん、難しいな。でもきっと、実際に燥耶と沙枝が夜継を倒しに行くときみんなが避難するのは社になると思うんだ。一番確実だしね。だから、できれば女の子である咲と幸の二人には社に最初からいてもらいたいんだけどな。」
「じゃあ、社に着いた時に二人を匿えないかどうか大母巫女様に私から聞いてみるね。それで大丈夫だったら社にきてもらえばいいし、だめなら二人も燥耶の家ってことで。どうかな?」
「そうだね。それしかないかな。」
「じゃあまとめるとどうなるんだ?」
久しぶりに燥耶がしゃべった。
「これからミヤコに向かって、まずは燥耶の家に行く。だよね、響夜?」
「そうだね。そこで僕を泊めてもらえるように燥耶にお願いしてもらったら、僕はそこに残るよ。」
「そうしたら、私と燥耶の二人で社に戻って、大母巫女様に咲と幸のことを聞いてみる。そんな感じだね。」
「分かった。…じゃあ後は、…夜継をどう倒すかだけだ。」
燥耶がそう言うと、三人に沈黙が降りた。分かっていた。それが一番難しい問題であり、一番綿密に計画を立てなければならない問題であり、そして成功の見通しが全く立たない問題だった。簡単に言うと、逃げていたのだ。一番怖い道から、顔を背けていただけ。
「それは…。僕にはどうしようもないよ。僕はその時、確実に何もできない…。」
響夜の呟くようなそんな声は、静かなその場でははっきりと聞こえた。その余韻さえも消えていくと、またも沈黙に包まれる。
「……素振りしてくる。」
燥耶がやにわに立ち上がり、部屋の外に出ていく。沈黙に耐えられなくなったのだろうか。
「燥耶!」
沙枝も立ち上がり燥耶の後を追おうとして、ふと振り返る。
「……………。」
響夜は俯いており、その表情を窺うことはできなかった。
沙枝も出ていき、部屋の扉が閉まる。
「……くそっ。」
何もできない自分が歯痒かった。
それとも、どうやっても沙枝の隣には並び立てない自分に、腹が立っているのかもしれなかった。
宿の外に出ると、燥耶はすぐそこにいた。こちらに背を向け、月明りを浴びて立つその姿は、あまりにも美しいように沙枝には思える。ある種の神々しささえ覚えていた沙枝は、口を開くことを忘れその立ち姿に見惚れた。
「…沙枝か。」
こちらを振り返ることなく燥耶はそう声を発した。
「…うん。」
返事をしながら、沙枝はなんとなく理解し始めていた。この姿に美しさを覚えるのは、燥耶の立ち姿全体から、憂いの色が染み出しているから。そして同時に、儚さも。一斉に咲いて、一斉に散る花に美しさを感じるように。燥耶の心の、今の境遇の、危うさをありのままに描き出す。そんな美しさだということに。




