十三
三人はスリナのムラを後にし、更に東へ歩き続けた。響夜いわく、東へ進むほど、すなわちミヤコへ近づけば近づくほど周囲のムラの説得が難しくなっているらしい。夜継の与える恐怖がそれだけ強く身に染みついているということだろう。それでも、そんな力や能力がどこに眠っていたのかと思うくらい、響夜は説得を根気よく頑張ってくれた。今まで通ってきたムラのほぼ全ての人が、最終的には首を縦に振ってくれたのだ。響夜にそのことを言っても、
「僕にできることはこれだけだから。」
と寂しそうな笑顔で言うだけだったが、沙枝は響夜のことを素直に尊敬していた。響夜は謙遜するが、誰にでもできることではないだろう。スリナのムラでなら私にもできたけど、知らない人を相手に戦いのお願いをして、それを成功させるなんて。少なくとも私にはできそうにない。
そして、燥耶は歩いている時間以外、つまり寝る前や響夜が説得を行っている間は全て、《炎花の遣い手》としての能力を高めるための鍛錬にあてていた。燥耶が炎とともに舞う姿は、あの燥耶が沙枝の目の前から消えてしまった日より前よりも、より美しく、より逞しくなっている。確実に、燥耶は《遣い手》として成長を遂げていた。燥耶も、沙枝がそのことを言うと、
「俺にはこれしかないから。」
と、こちらは無表情でそう言うのだ。
では、私はどうすれば良いのだろう。そう沙枝は考えてしまう。響夜は説得を頑張ってくれている。燥耶は鍛錬に身を入れている。なら、私は?説得を手伝えるわけでもなく、かといって自らの《守り手》としての何かを向上させる手立てなど一つも分からない、そんな私は、どうすれば良いというのだろう?どうしてもその考えがつきまとってしまうのだ。いつかも覚えた、無力感と焦りが体に満ちる。自分には、何ができるのだろうか。その気持ちからか、二人には何度も、
「私に何か手伝えることはない?」
「私にも何かやることはない?」
と聞いてしまっていた。そのたびに響夜は優しさに満ちた笑顔で、
「沙枝はいてくれるだけでいいんだよ。」
と言い、燥耶はその表情に乏しい顔に僅かに笑みを覗かせながら、
「大変なのは、俺だけで十分だ。」
と言うのだ。ずるい。沙枝はそう思っていた。二人とも私のことを考えて言ってくれているのが分かるからこそ、それ以上踏み込めない。二人ともそんなことを思っていないのは百も承知なのに、二人に遠回しにおまえはいらないと言われているような気がしてならないときもあった。どちらにせよ、頑張っている二人の間に挟まれて何もしないというのが辛いのだ。ただ二人と一緒に歩いて、宿で寝る。毎日その繰り返し。唯一頑張っていることといえば、燥耶が寝てしまった後に《炎花》に剣の稽古をつけてもらうことくらいだが、それにしたって普段の燥耶の頑張りに比べたら全然足りない。
今日も宿の布団で横たわりつつ、沙枝はそんなことを考えていた。誰も分かってくれない、そう言って拗ねてしまえればまだ楽なのだろうか。もやもやした気持ちを抱えたまま、沙枝は眠りに落ちていった。




