七
「さあ、行こうか。」
響夜のその言葉と共に、すっかり住み慣れていたコナギのムラたった一軒の家を離れる。周辺のムラへの一斉蜂起の説得が上手くいった響夜は非常に満足そうだった。
「ほんとに良かったの?」
沙枝は思わず響夜にそう聞いてしまった。
「もう、何度も言ったろ?大丈夫だって。ほら、行こう?」
「うん…。」
「沙枝。心配することないぞ。響夜もこう言ってるし、旅の仲間が増えたってことで喜べばいいんだ。」
「そうそう。これからよろしくね。」
響夜にそう笑顔で言われてしまっては、何も言い返せない沙枝だった。
「そう言えば、響夜もなにも言わないから気にしてなかったけど、クナイまでの道とか分かるの?」
「いや、実は詳しくは知らない。」
「ええ!」
「ただ、この近くに人通りの多い道がある。地元の人は勿論、遠くからやってくる行商の人たちなんかもみんなその道を通るんだ。そこまで出て、それから東に向かおう。」
「なんだか適当だなあ…。」
「まあ、大丈夫だよ。道なりに進めばいいだけだし、いざとなったら人に聞けばいいしね。」
どこまでも笑顔の響夜と、何も言わない燥耶。いつも通りの二人の姿を沙枝はもう一度見遣り、心の中で密かにため息をついた。
しばらく歩くと、響夜の言う通り少し大きな道に出た。道なりに東に折れて歩く。沙枝はここで、大切なことを思い出した。
「そうだ、響夜。スリナのムラって分かる?」
「スリナ…。ごめん、聞いたことがないなあ。そのスリナのムラが、どうかしたの?」
「私、クナイに戻る前にそこに寄らなきゃいけないの。」
「そっか。うーん、どこにあるか分からないんなら、その辺りの人に聞いてみるけど…。」
「…沙枝。《炎花》が分かるかもって言ってる。」
《炎花》は今、当然ながら燥耶が持っていた。
「ほんと?」
「ああ。ほら、直接話してみろよ。」
無造作に《炎花》が渡される。落としそうになって少し慌てた。
「…あれ?私が《炎花》と話せるって話、燥耶にしたっけ?」
「《炎花》が教えてくれたよ。俺と離れてからの話も含めて色々とね。」
何だか恥ずかしくなってしまった沙枝だった。
〈《炎花》、私が剣の稽古してることはまさか燥耶に言ってないよね?〉
〈勿論。それは内緒にするように沙枝に強く言われたからね。それより、スリナのムラに行くんだろう?私なら、道案内できるよ。〉
〈どうして分かるの?〉
〈沙枝があの時、《流水の守り手》として力を使っただろう?その痕跡というかな、そういったものが残っているのが感じられるんだ。〉
〈なるほど、すごいね!それで、どう?ここから近い?〉
〈もう少し東といったところだろうね。取り敢えずこのまま道なりに進めばいいんじゃない?〉
〈分かった。また案内よろしくね。〉
《炎花》を燥耶に返し、歩みを再開する。雪、元気かな。楽しみが膨らんできた沙枝だった。
「なあ燥耶。君たちはその剣と話せるの?」
「ああ。話してなかったっけ?」
「いや、聞いたことないよ。…何だか、知らないことがまだ沢山ありそうだな。」
響夜は寂しそうな顔で、燥耶から目を逸らした。




