六
とは言え、沙枝と燥耶の毎日は今までと大して変わらない。燥耶が本格的に鍛練を再開したくらいだ。沙枝は、燥耶には内緒で、《炎花》との剣の稽古を続けていた。燥耶が遠駆けなどでいない隙にやるのだ。《炎花》との時間を重ねれば、何となくだが自分の中の《流水の守り手》としての能力が成長するように思えた。まあ、根拠はなかったが。
〈よし、沙枝。今日の分も終わりだよ。〉
そんな稽古を今日も終わらせた、ちょうどその時。
〈おや、お客さんの登場だ。〉
〈え?〉
振り返ると、そこにいたのは響夜だった。呆けたような顔をして、こちらを見つめている。声も出せない様子だ。
「んーと、響夜?どうしたの?」
沙枝の声にはっと我に返る響夜。
「沙枝…。まさか、そんなに剣がつかえたなんて…。」
「ええ!わ、私なんて全然だよ!」
そう言って首を振る沙枝は気付いていないが、実際沙枝の剣の腕は既にかなりの域に達していた。それもひとえに、沙枝が《守り手》であるからこそ《炎花》との親和性が高いがゆえだ。
〈いやいや、沙枝はもう十分すごいと思うよー。〉
〈《炎花》まで…。全然そんなんじゃないよ、私。〉
赤くなってしまう沙枝。響夜は更に言葉を重ねた。
「謙遜しないでいいよ。十分すごいって。なんて言うか…、見とれちゃったよ。」
「そんな…。その、ありがとう。」
「えと、今日はもうやらないのかい?」
「うん。今日の分は終わり。そろそろ燥耶も帰ってきちゃうしね。」
「…燥耶には内緒なんだ。」
「あ…。そう。何となくね。燥耶が《炎花》を使って鍛錬するのの邪魔になるっていうのも勿論あるけど。なんか、燥耶に言ったら止められそうな気がするんだ。沙枝がそんなことしなくていい、って。」
「そっか。燥耶は知らないのか…。」
「…?どうしたの?」
「いやいや、こっちの話。邪魔してごめんね。」
「ちょうど終わったところだし大丈夫だよ。片付けてくるね。」
そう言って沙枝は響夜に背を向ける。最後にちらっと見えた響夜の顔が、笑っているように見えた。
〈へえ…。〉
〈ん?どうしたの、《炎花》まで。〉
〈いやー?こっちの話。〉
〈なになに?みんななんか変だよ。〉
〈まあ、沙枝もすぐに分かるよ。〉
〈そうなの?なーんかやな感じ。〉
〈まあまあ。ここで私が言ってしまったら、彼に悪いし。〉
〈…?〉
しばらくすると燥耶が帰ってきた。いつものように燥耶が鍛錬をするのを、いつものように沙枝は近くで見守る。まるでその光景は、社での毎日の再現のようで。あの時と同じ安らかな気持ちを、沙枝は覚えていた。しかしこの時は、いつまでもは続かないと、沙枝はもう知ってしまっていたから。嵐の前の静けさだと、痛いほど分かってしまっていたから。少しでも長く、この時を楽しみたいと思っていた。
目の前には、《炎花》とともに舞う燥耶。形作る炎の筋の残像が、沙枝の眼にいつもより長く焼き付いた。




