九
声もなくし佇む二人のもとにゆっくりと近づいてくる音があった。金属を打ち合う音。戦の音だ。シノミのムラを守りきれなかった男たちがクナイの軍に押され更にじりじりと後退、森付近まで押し込まれていた。うつろな目をする沙枝はその様子でさえただ見ることしか出来なかった。
と、前方から細く風切り音のような音が聞こえた刹那、痛む足で地面を蹴った九乃が沙枝の前に躍り出た。
その胸に、矢が突き立つ。
「うっ」と声を漏らしその場に崩れ落ちた九乃の姿を目にし、沙枝のどこかへ飛んでいってしまったようになっていた意識が急速に戻ってきた。
「九乃さん!」
急いで九乃の矢が刺さった箇所を手で押さえるが、血は後から後から溢れてきて止まらない。ここにきて涙を流す沙枝に、九乃の細い声が聞こえた。
「良かった…。沙枝、貴方を守れて。
貴方は生きて。生き延びて、争いのない、平和な地をつくって。
お願い…………」
口の端から血を流しながら、九乃は必死に言葉を紡ぐ。沙枝は伸ばされた手を掴んだ。
「九乃さん!死なないでお願い!」
「ごめん、ね、さ……え…………ーーーーーー」
その言葉を最後に、九乃の目から光が完全に失われる。握った手の温もりが徐々に引いていった。
「九乃さん!九乃さん!!」
沙枝は名前を呼ばずにはおれなかった。もう九乃は亡くなってしまったと分かっていたとしても。戦いの音が近づいてきていて、沙枝の身も危なかったとしても。尊敬していた九乃が、私のことをかばって死ぬなんて。信じられなかった。
何度も九乃を呼ぶ声が次第に小さくなり、代わってあげていた泣き声まで小さくなると、沙枝は顔を上げた。
許せなかった。
私の愛するムラを焼いた、私の尊敬する九乃を殺したクナイに対する怒りがふつふつとこみ上げる。こうなった以上、自分の手で一人でもクナイの人間を殺さないと気が済まない。咲たちとの約束、九乃の願いなど頭から吹き飛び、激しい衝動に突き動かされるままに沙枝は立ち上がり、戦いの音があがる方へと向かった。
わずか数歩でたどり着いたそこには、もう氏族の男衆はわずかしか残っていない。彼らは半ば囲まれるようになりながら森の方へ後退してきていた。沙枝は駆けてきた勢いそのままにムラの男衆の中に突っ込み、クナイの軍の前まで走り出た。
不思議と恐怖は感じない。まるで水の中にいるかのように、周囲から音が消え、全てのものがゆっくりと動いて見えた。
何一つ武器を持たない沙枝が、せめて目の前の敵に飛びつこうと腰を屈め、意味をなさない叫びをあげたところで、
頭上から白い靄のようなものが突然散開し降ってきた。
沙枝はその突然降ってきたものに身体を絡めとられ、その場に転倒する。何が起こったのか全く理解出来なかった。
それはクナイの軍が投げた網である。
クナイ軍司令官は、わずかに残って抵抗を続けていた男達に森に逃げ込まれては厄介だと判断し、捕虜として捕まえる為に網を投げることを指示した。これにより彼らが戦闘不能になったところでクナイ軍シノミ族掃討作戦は終了、
十三人を捕虜とし王都へ送還した。




