どじっ子はこんなのじゃない!
乙女ゲー。それは女の子が主人公であり、攻略対象である男の子を落とすゲームである。様々なジャンルが存在しており、コメディタッチな物もあればシリアス一直線な物、学園物や、ファンタジー物も、SF物も、ともかくなんでも有りな世界で色んな男性と恋に落ちるゲームだ。
「ううっこんなの、泣かない方がおかしいよ…っ」
そうして、中学からどっぷりとその世界に嵌ってしまった私、藤崎茜は只今絶賛、その乙女ゲームをプレイ中である。
「姉ちゃん、自分の部屋でやれよ」
「やだよ!テレビが大きいリビングでやるのがいいんだよ!!」
「いや、迷惑だから。てかキモいから」
例え実の弟に毎朝学校に行く前に、こんな事を言われても私は手を休める事なく、鬱陶しがられながらも物語を読み進めると丁度、私の今回のターゲットであるメインキャラの彼が敵わない脅威的な敵に破れながらも必死にヒロインを守り抜き、ボロボロになった姿がスチルとして表示された。
この作品は、有名な絵師さんのとても綺麗な絵が人気を呼び、更には有名声優も起用されており、一躍有名となりアニメ化は勿論の事、舞台化にもなった物だ。
だがしかし、それだけじゃない。シリアスながらも愛を育んでいくこの感動的な物語があったからこそのアニメ化、舞台化である。
「大体、高校生になったっていうのにこんな物するなよな」
「あんただって、このアニメ見て泣いてたじゃない!」
「うっ、あ、アニメとゲームは違うだろ!」
「違わないわよ!」
そう言って、語ろうとした所ではいはい、と母親から止められる。
「その話は後にして茜、入学式に遅刻するわよ?」
母親の静止に思わず口を止め、時計に目を移すと学校に向かう時間だった。高校生活が新たに始まるというのに私は緊張もせず、うわっと慌ててようやく見れた美麗スチルをまじまじと眺める事も叶わないまま、セーブをする為にメニュー画面を開き、セーブをする。そうして私は即座にゲームの電源を切り、そのまま鞄を持って飛び出した。
弟の呆れた視線を受けつつ、母親のいってらっしゃい、また後でという言葉を聞きながら、空気だった父親に忘れ物はないかと尋ねられ、私はない!と言うと、急にツンデレを発揮しだした弟の高校入学おめでとうという言葉を聞きつつありがとうと行ってきます!と言い、家を飛び出した。
まさか、それが家族に対しての最後の言葉とも思わずに。
暗闇の中、誰かが大丈夫か?と声を掛けてくれている。それが誰かはわからないが、男性の声だ。
「おい、おい!」
「ん…?」
目を、薄っすら開けると心配そうな表情をした男の子がこちらを見ていた。
それと同時に、頭がズキズキと痛み出す。
思わず頭を抑え立ち上がろうとすると、彼は無理をするなと行って横たわる私を抱きとめてくれていた。
頭の痛みのせいとはいえ、見ず知らずの人間に支えてもらうなんてと思い、即座にすみません、と言うと馬鹿か、なぜ見えなかったと言い出した。
なんの事だ、と思いつつ、彼を見上げるとそこには見紛う事無き美青年がそこに居た。
満開の桜をバックに、金髪の髪が桜の花びらと同時に風に舞う。思わず、綺麗なスチルを見てるようだと現実を二次元と一緒にしてしまう自分に私はもうダメかもしんない、と呟くと彼は顔を真っ青にし、慌て出してしまった。
「おい、お前大丈夫か?頭を打ったのか?!」
慌てふためく彼にああ、違います!正常です!と訂正を入れると、ほっとする。
「お嬢様、大丈夫でしょうか?まさか止まっている車にぶつかるとは」
「え?」
ぽかんと口を開き、黒いスーツに身を包んだ男の人がそこには立って居た。
リムジンをバックに、とても美しい黒髪の男性は執事っぽい格好をしており、手には白い手袋をしており、こちらに手を差し伸べてくれている。
これまたどこのスチルだと言いたくなる。
思わず呆けたままでいると、お前が変な所に止めるからだろう、と金髪の男性が言う。そしてその言葉に執事さんはまさかこんなどじっ子が居るとは思わず、すみませんと謝ってくれた。
とは言っても謝られた気が全くしないんだけど、と思ってしまうのは仕方ないだろう。
「お名前を教えて頂いても?車には傷はありませんが、お嬢様に何かありましては、こちらとしても責任が生じてしまいますので」
とてもいい笑顔で言う彼はさっさと名前を教えろやと脅しているような気もしなくもないが、慌てて藤崎ですと告げるとああ、と納得したように彼は頷いた。
「新入生ですね、もしかして迷われたのでしょうか?」
「え?迷った訳では…」
「なるほど、それでは今し方ご到着されたという事ですね」
「ああ、それで学生専用の駐車場に居たのか」
「学生専用?」
は?は?と思わず困惑してしまうが、彼らは何故か何も言ってはいないのにそれぞれ勝手に納得しているがこちらとしては、家を出た後から記憶が無い為、何が何やらである。
「失礼しました、私はアルトリオ家に仕えさせて頂いております、ロバート・ロードナイトでございます。そしてこちらは、」
「アルフレッド・アルトリオだ」
そう言って、私を見る二人になぜ、外国人がと思いつつもご丁寧にどうも、よろしくお願いしますと伝え、側に落ちていた鞄を持ち、城北高校はどこですか?と尋ねる私を見て、彼らは顔を見合わせる。
「城北は聞いた事がありませんよ、フジサキ様」
「それにお前はこの、クロウディア学園の新入生だろ?その城北高校に行くのはいいが、入学式の時間に間に合わないぞ」
言われて私はようやく気づく。
駐車場には沢山の黒塗りの車や、高級車が並び、更に春を歓迎するかの如き色づく桜並木の奥に、巨大な学園がそびえ立って居る事に。
そして、自分が今朝来ていた制服が、なぜかコスプレのような可愛らしいブレザー姿になっている事にも気がついた。
「な、なんで?」
ペタリと地面に座り込む。叫び声をあげ、気絶したくもなるがここは現実である。どういう事かサッパリわからないけれど、わかる事はただ一つだった。私は城北高校の入学式には出れないという事である。
「ドジな奴だな、おいロバート!さっさと行くぞ」
「おや、アルフレッド様。女性、まして新入生の道もわからない方をお一人にするおつもりで?」
「チっ仕方ない。おい、フジサキだったか?さっさと行くぞ」
「え、?」
こうして、あれよあれよと言う間にロバートと呼ばれる彼に立たされ、アルフレッドと言う名の彼に着いて行く事になった。
二人に案内されたのは、入学式の受付場所だった。何故か2人の姿に周囲がざわめき立ったが、まあこの二人の容姿からして確かにイケメンだよなーと呑気に思える筈もなく、受付で名前が無いだろうにアルフレッドさんがさっさと済ませろよと言ってロバートさんを引き連れて去ってしまった。
「貴方、あのお二人とここまで来たの?凄い幸運ね!」
「え?そ、そうなんですか?」
そう言うと、受付の女子生徒はとても嬉しそうに語りだしてくれた。あの二人は生徒会のメンバーであり、この学園でとてつもない人気を誇っている人物らしく、他にもそれぞれ人気な方々が居るそうだが、そもそもおいそれとお話が出来る人達ではないという事も教えてくれた。
「あらやだ、いけない!話しすぎちゃったわ、じゃあお名前を教えてくれるかしら?」
「藤崎茜です」
「ええと、名前がフジサキね。リストには無いけど、もしかしてアカネ・フジサキかしら?」
「え」
「名前はアカネ、名字はフジサキかと聞いてるのよ」
「あ、はいそうです」
リストにあるわと言われ、更には入学式に緊張したの?と笑われながらも自分の名前があった事に怖くなる。なぜ、どうして?と思いつつ受付の先輩にあたる女子生徒は改めてと笑う。
「ようこそ、クロウディア学園へ!入学おめでとうございます」
その言葉に、私は顔が真っ青になるのがわかった。
これは私が先程までプレイしていた乙女ゲームという訳じゃなく、初めてプレイした超王道学園系魔法物乙女ゲーム『マジカル フォーチュン』と同じ“学園名”、そして“生徒会”、“アルフレッド様”“ロバート”という共通点の多さ。
まさかとそんな馬鹿な、なんて唇が震えてしまう。
「やだ、顔真っ青じゃない!保健室に行く?」
「いえ、大丈夫です」
本当は保健室に行きたい、むしろ家に帰りたい。ドッキリ番組でもしてるの?それとも弟の言う通り高校生になったばかりなのに入学式の朝に乙女ゲームでもしてたからなの?と誰かに問いたくなる気持ちを抑えながら受付に言われた通り指定の場所へと向かう。
すると廊下の途中で、よく知っている声が聞こえてきた。
「おーお前がフジサキか、受付の奴が心配してたんだが大丈夫か?俺はお前の担任のルーク・ブライトだ。宜しくな」
「大丈夫、です」
「式が始まるまで席に着いてろよー!と、そこの1-Cの教室で待機な!」
彼はそう、生徒を愛してる人物であり、式の前に体調不良らしき生徒が居たのなら心配で見にくるような人物だろうという事もわかる。気持ち悪い。知らないのに、知っている。向こうからしても気持ちの悪いものかもしれないけど、二次元が三次元になって、しかもゲームで知っていることが、現実でも一緒だった。
気持ち悪すぎる。吐き気がして、スクール鞄を持っていた手の力が緩み鞄が落ちる。そう思ったのに、落ちた音がしたのは後方からで、私の手にはまだ鞄があった。
「貴方、」
「え?」
静かな廊下に響き渡った鞄の音と同時に、掛けられた声に思わず振り向くと、そこにはとてつもなく美人な女の子が立っていた。黒の綺麗な腰まであるストレートの髪に、鋭い紫の目。私と同じ制服の筈なのに、まるで妖艶で、少し冷たい印象がある。
顔色は私と同様に悪いような気がするけれど、それすらも美しい彼女を、私は知っている。彼女の名前は、
「セシリア様!1-Aはこちらですわ」
「どうかなさいまして?セシリア様」
「!いえ、何も。少し気分が悪くなっただけです」
そう、彼女の名前は、セシリア・サンチェス。
主人公のライバルに当たる才色兼備なお嬢様だ。
落ち着いた様子で彼女は去ろうとする、でも鞄は落ちたままで、私は慌てて彼女の鞄を拾い駆け寄った。
「あ、あの!」
「な、んでしょうか?」
「セシリア様がびっくりされてるじゃない!」
「貴方、誰なの?」
取り巻きだろう二人がうるさくて怖気づいてしまうが、悪い事をした訳ではないのでこの鞄、忘れてますと言うとセシリア・サンチェスが目を見開き、少し恥ずかしそうに鞄を受け取った。
取り巻き二人があーだこーだと難癖をつけてきた為、私はとにかく頭を下げて慌てて1-Cへ向かった。誰か、この災難を助けて欲しいと少し泣きそうになりなから。
悪役令嬢物に感化され、書いてみたくなりました。
ただ、乙女ゲームってライバルは居たりしますが、ライバルの女の子が同じ人を好きな事はあっても、小説でよく見る没落したり不幸になる(失恋は別ですが)悪役令嬢なんかは見た事がないなぁと思い、転生して怯えてる悪役令嬢に違うよ!てヒロイン(プレイヤー)に言ってもらいたいなと思いこの作品に。
趣旨が違うかもしれませんが、楽しんで頂けたらと思います。