運命蝶
「デスタンバタフライ?」
アリアはパンを一生懸命こねながら、隣でパンを捏ねているお祖母ちゃんに尋ねる。
「あぁ、そうだよ、アリアちゃんが森で見た、黒くて大きな蝶はきっとデスタンバタフライさ」
さっき森で出会った蝶の名前が知りたくて、おばあちゃんに森に行ったことを話し、蝶の名前を聞いていた、因みにおばあちゃんが驚いて転けたらいけないので、シャンネイスは鞄の中で気持ちよく眠っていた。
「んー、どういう蝶なの?」
「そうだね、パンを発酵させてる間に教えようかな」
「ありがとう! よーし! 頑張ってこねるぞー!」
アリアはそう言うと、更に捏ねる力を強めた。
生地を丸くし蒸しタオルで覆うと、お祖母ちゃんは一段落ついたようにキッチンで手を洗い、エプロンを外して隣のリビングの椅子へゆっくりと腰かける
「さー、さー、続きは明日にしよう! アリアちゃんもお休み、蝶の話を教えてあげるよ」
「はーい!」
おばあちゃんに言われアリアも一通り終わらすと、リビングへと急ぐ。
お祖母ちゃんはアリアが来たのを見ると、テーブルから眼鏡を取り、後ろにある本棚から一冊の分厚い本を迷いなく取り出した。
「私、その蝶々のお陰で森から出ることが出来たんだ。でも名前分からないから……」
アリアはそう言いながらお祖母ちゃんに近づく。
おばあちゃんは頷きながらパラパラとページを巡りあるページでピタッと動作を止める。
「アリアちゃんが見たのはこの蝶だろう?」
お祖母ちゃんはその本の写真がアリアによく見えるように本をテーブルの上に置いた。
そこには写真と一緒にこう綴られていた。
『デスタンバタフライ』
人の運命を知ることができる蝶。
人懐っこいのと、大きな黒い羽が特長。
希少価値が極めて高く、自然豊かな森で極たまに見受けられる。
目が不自由なため、一匹で行動する事はほとんど無いが、たまに 一匹で行動する変わり者もおり、その生体の多くが未だ謎に包まれている。
目が不自由なため、風の向きや空気の動き、臭いや音の波動などを頼りに生活していると考えられるが、未だに解明できていない。
また、好んだ人間が迷ったとき、もしもその蝶に好かれていたら、運命のヒントを最善の選択肢を教えてくれると言い伝えられており、ある特有の地域では神と崇められており、蝶を殺す事は神を殺める事となり、罰せられたと言う記録が残され今はこれほどしか解明されていない。
その下には、ピンクのコスモスの花に止まって蜜を吸っている、黒く大きなはねに、ほんの僅かだが紫と青のラインが入った蝶の写真が載っている。
「お祖母ちゃんこれだよ!! 私が見たのは! 」
アリアが声を張り上げて、顔を上げるとお祖母ちゃんはにっこり笑い、ゆっくりと本を閉じた。
「あらまぁ、よかったねー、滅多に見れないんだよあんなのは」
そう言うとお祖母ちゃんはアリアの手を優しく包み込みこう言った。
「アリアちゃんはその蝶に好かれたんじゃな♪ また困ったときがあったら助けてもらいなさい、まー、会えるかどうかだけどね」
そう話すとおばあちゃんは手を離し、眼鏡を外して本をしまうと顔色を変えアリアを見つめる。
「でもね」
突然お祖母ちゃんの声色が低くなり、少し驚くアリアに更なる追い討ちを掛けるように話し出した。
「あの森はいっちゃーダメだよ! もー、行かない方が良い、町の人にでも見られたら大事だ」
お祖母ちゃんは少し怒りぎみにそう言うとまたいつもの優しい表情に戻る、それを見たアリアは少しばかり恐怖を覚え、目線を少し反らした。
「え、どうして?」
「あそこにはねぇ、怖い怖い黒魔導師が住み憑いててるって噂なんだよ! 実際私も見たんだよ、町の人だって、黒魔導師は知ってるだろう?」
仁王立ちをするおばあちゃんだが、少しだけ残念なのはアリアではない方向を向いて怒っている事だった、眼鏡が無いとあまり見えないのがおばあちゃんの欠点だ。
「う、うん」
「黒魔導師はねぇ、怖いんだよー、それに! 血も涙もない、ただの魔法使いの皮を着た魔物だよ! 見つかったらすぐに殺されてしまうんだ! 酷い奴なんだよ、だからアリアちゃんは近づいちゃぁダメだぁよ」
おばあちゃんはそう言うとさっき座っていた椅子に何度か座り直しながら、やっと座ると一息ついていた。
「……うん」
その話を聞いたとき、アリアは森で出会った男の子の事を思い出していた。
(あの子は怖かったけど白魔導師さんなんだよね……だって出口まで見送ってくれたし! )
「まー、今回は無事だったからお祖母ちゃんは黙っとくけど、森には行かないようにね」
「う、うん」
アリアは少し考えて、森にいた男の子の話をしようと顔を上げたが……もう遅かった。
「お祖母ちゃん……寝ちゃった。」
お祖母ちゃんはさっきまで話していたのが嘘のように椅子に座ったまま気持ちよく寝息を立てていた。
「……ありがとう、お祖母ちゃん心配してくれて、でも大丈夫だから、明日もまた来るね」
アリアは机の上のメモ用紙に『また明日くるね! 』とメモを書き残し、肩に鞄を掛けて、お祖母ちゃんの家をあとにする。
「お休みなさい」
そう言い残して家を出る頃シャンネイスは欠伸をしながら鞄の縁から顔を出す。
アリアは家から出ると直ぐ様物陰に隠れ、地図で見たことがある裏路地に廻った。
裏路地は川を隔てて森が面しているため誰もが通らない場所だった、川辺には壁が高く聳え立ち、その向こうには川、 森と続いているがそれが、嘘のように光を遮り昼だと言うのに辺りは薄暗かった。
「ごめんねぇ、待たせちゃって」
「僕は寝れたから良いさ」
アリアは足を踏みしめながらひっそりとした路地裏を歩いていると、突然足を止める、それに疑問を感じてシャンネイスはアリアに語りかける。
「どうしたんだい?」
「あの子……黒魔導師なのかな? 」
「……」
アリアのその質問にシャンネイスは無言を突き通し、鞄から飛び立ちアリアの肩へと飛び乗った。
「? どうしたのシャンネイス?」
それに疑問を感じたアリアはシャンネイスに疑問を抱く。
「もしもそうだったらどうだって言うの? 」
「うーん、でもあの子私の事殺さなかったし……いい人だからきっと違うよね?」
「僕は止めといた方がいいと思うけれどな」
突然の言葉にアリアは驚きシャンネイスを見たると、シャンネイスは肩から飛び立ちアリアの前で話し出した。
「この際ハッキリ言うけれど、言わないとアリアは分からないし……奴の体内にある魔力の波動が、アリアのお母さんや町の人達とは全く別だった、でもそれだけじゃ限定は出来ない……だって波動は体質、魔力、体内にあるケアンで違いが出てしまうからね」
「……」
「まぁ、今はそれよりも急いで帰る方が先だと思うよ」
シャンネイスは時計を見るともう少ししたら昼御飯の時間だと言うことに気づき、アリアは全速力で城へ向かって走っていった。
この道は人通りも少なく、誰にもみられること無く事無く城に着けた、門番が見張って居るなかアリアはシャンネイスにお願いをすると、正面門から離れアリアの部屋の窓の前まで着いた。
「シャンネイスお願い! 」
「はいよ」
シャンネイスが、翼を大きく広げるとアリアを掴み城の状況を確認し、敷地へと下ろした。
後は部屋へ行けば別に怪しまれはしない、部屋の中は唯一自由に動けるからだ、もちろん食事以外に違う場所に居たらメイドに連れ戻される。
だがこの時間に玄関付近に人が居ないことが無い、アリアは裏手に周りメイドや、執事用の扉から入り、部屋へと急いだ階段も玄関から見て背を向けているため難なく上がることが出来た。
部屋にはいると荷物を置きすぐベッドに座り込んだ。
「ふぅー、なんとか無事だったよー」
「全く、明日もするの?」
「うん!」
アリアはニコニコとしながらベッドに寝転んだ。
今日起きたことを出来るだけ頭で整理してみる。
その時ふとアリアは花束とお菓子をあげたときの事を思い出す。
ちょっと照れてるような顔、だけどすぐ無表情に戻ってしまう。
(笑った所見てみたいなー、あ! 名前言ってなかった! 明日お礼の時に聞こう)
何だか友達ができたみたいでアリアは嬉しくなって、背伸びをしながらメイドが来るのを待っていた。
「明日はキャンディーもっていこうかなー、チョコレートとかも良いかも!」
「程々にしろよ」
「分かってるよー」
心弾むばかりでアリアはお祖母ちゃんの言っていた黒魔導師の事やシャンネイスの忠告など頭にもなかった。
やがてデーゼが昼食の声掛けに来て、昼食を取るとデーゼと城の中庭で遊んだ。
「ねぇ? デーゼ」
「? どうしたのですか?」
「黒魔導師さんって、本当に怖いの? 」
「……」
アリアの質問に目を丸くさせ、とっさに右手にしていたバンドを握る。
「ど、どうしてそのようなことを?」
「な、なんでもないんだけど、そうなのかな? と思って」
アリアの言葉に胸を撫で下ろすと、一つの黒い花を見つめた。
「黒魔導師は……悪い人なのです」
デーゼはその黒い花をむしるとそこらへ捨ててしまった。
「本当にそうかな……」
アリアが呟いた言葉に反応しデーゼは立ち上がる。
「アリア様! 毎日本を読まれているではないですか!」
アリアもビックリしてコクりと頷くことしか出来なかった、それを見てデーゼは我に戻り一礼をし、謝るとまた花を積み出した。
夕方になると再び部屋へ戻り今度はメイが現れ、またこの時間になったと少しだけため息を漏らした。
「アリア、さー、本を読みましょう、毎日欠かさずにね」
「うん」
(森に行った事は言わない方が良さそうで……だよね)
アリアは森の出来事を一先ず隠すことにした。
「じゃぁ、読むわね」
「はい」
二人は席に着くと母親は机の上にあるいつもの絵本を開いた。
表紙には『白と黒』とかかれてあり、白魔導師と黒魔導師が描かれている。
二人は夕暮れを背に、表紙のページを開き、母親の朗読が始まる。
金色に輝いた夕焼けはそんな二人を優しく包み込むように部屋の中へと光を伸ばしていた。