迷いの森
川辺に距離をあけて座るなか、アリアはようやく落ち着きを取り戻していた。
「……落ち着いたか?」
「うん、ありがとう」
アリアは涙を拭いながら答えると、男の子の方を向き、もう一度謝った。
「ごめんね、さっきは。」
「……別に。」
やはり怒っているようで、アリアとは全く目を合わせず、遠い違う方を見ている男の子にアリアはなんだか、罪悪感でいっぱいだった。
勇気を振り絞って、質問を投げ掛けてみる。
「怒ってる?」
「……」
「うーん」
「……」
重い空気が二人を包む中、最初に口を開いたのは彼だった。
「お前どっから来たんだ?」
やっと声を掛けてくれた事に、アリアは少し嬉しくなり笑顔で答える。
「クランカル町だよ! この森の隣の町! あなたは?」
(なんでそこで嬉しそうにしてるんだ)
シャンネイスは鞄の中で潜みながら心の中で突っ込みをいれていた。
すると、少年はその言葉を聞くなり、不機嫌そうな顔をして立ち上がるのを、アリアは見て、また変な事を言ってしまったと思い、冷や汗が出てくる。
「ご、ごめん! 私変なこと言った? 」
「俺、お前嫌いだ」
少年のあまりにもストレート過ぎる痛い言葉が胸へと突き刺さり、アリアも状況が読み込めないようだった。
「え!? な、なんで? 私そんなに貴方を傷つけるようなこと言った? 言ってたらごめんなさい!」
少年はアリアの必死な言葉も聞かずに歩き出して行く。
「ま! 待って! 私どうやって帰れば良いの?」
「……」
またもや無視。
どうやら少年にはアリアの言葉など耳に入れて無いようだった。
泣き出しそうになる顔に力を入れて、涙が出るのをぐっと堪えると、アリアは鞄を持ち上げ、またもや少年の後ろに着いていく。
沈黙の中アリアは少年と少し離れた所で一定の距離を保ちながら少年に着いていく。
「……」
「……」
すると、前にいた少年の足がピタッと止まり、アリアの方を振り向く。
その顔は怒りに満ち溢れ、どす黒いオーラを放ちながら、アリアを睨み付けていた。
「うぅ……帰り道……」
「着いて来んなよ! お前本当に鬱陶しい!!」
アリアの話に割り込むように少年はそう言うと、足早とその場所を去っていていった。
「……また怒らせちゃった」
「なんだかひねくれた野郎だなー」
シャンネイスが鞄の中から顔を出し、彼の行った先をにらんでいた、アリアも追いかけようとはせず、その場にただ呆然と立っているだけしかできなかった。
「私……悪いこと言ったかな?」
「さぁね、人には人の事情ってもんがあるんだよ、アリアはずっと城に居て、外の世界のことを全然知らないからな、皆メイドみたいな薄っぺらい奴ばっかりじゃないんだよ」
「え、そ、そうなんだ……それじゃ私悪いこと言っちゃったんだね……また会ったら謝らないと」
「もう会わないだろ」
「えぇ!? じゃぁどうしよう」
アリアの心も折れそうになったその時、左側から最初に見た黒い大きな蝶がアリアの目の前を左側から右に横切る。
「あ! 蝶々! お願い! 帰り道を教えて欲しいの! 私お婆ちゃんと約束してて、それで…男の子にも怒られてばかりだし……」
アリアが泣きながら蝶に語りかけると、蝶はそれを聞いているかの様にアリアの回りを飛んでいた。
「何も話さない蝶に話しかけるとは……アリア頭大丈夫か?」
「もー! 私わからないんだよ、どうしたら良いのか…ぐすん。」
すると、蝶は話が終わるとある方向へ進み出した。
「着いてこいっていってるぞ」
「え!? ほんとに!?」
アリアもそれを聞いて、鞄を提げると蝶を今度こそ見逃さないように、目を凝らしながら蝶に着いていく。
アリアは内心ほっとしていた、確証は無いが、これで森を抜けられる気がしたからだ。
数十分は歩いただろうか?
目の前に見慣れた光景が見えてきた。
差し込む光、朝食の臭いが風につられて匂ってくる。
間違いなくそこは出口だとアリアは確信し、出口を目にしたその時だった。
もう一羽の黒い蝶が何処からともなく飛んできて、仲睦まじそうに、飛んでいた。
「その蝶々貴方の友達? 良かったね! 出口まで連れてきてくれてありがとう!!」
アリアはその二匹の蝶を、羨ましそうに眺めていた。
シャンネイスはそんなアリアを余所に違う方をじっと見つめていた。
「私シャンネイスしか友達って居ないんだ、皆女王様の娘だからって、外に出してくれないし、城から出たらお母様に怒られちゃうし……でもね! お祖母ちゃんは違うんだよ? 」
そうアリアが蝶々に話し掛けている時、右の草むらから音がしだした。
誰かが近づいて来る。
「誰?」
ガサガサ!!
姿を現したのはまたあの少年だった。
少年は少し間の抜けた顔をしたが、すぐいつもの無表情に戻りため息を吐く。
「あぁ、あの時はごめんなさい! 」
アリアは何か分からず少年の顔を見た瞬間何故か謝らなければと思い、懇親の力を込めて頭を下げた。
そのあとため息が聞こえて、内心焦り始めていた。
(わー、怒ってるー、怒ってるよー)
アリアが頭を上げれずに居ると、少年がボソッと話し出す。
「出口見つかって良かったな」
不意にアリアは顔を上げ何を言われたのか分からず聞き返す。
「え? な、何? 」
「別に」
「…あ、う、うん。」
「行くんだったらとっとと行けよ! 」
アリアがジトジトしていると、少年は声を掛け後ろに向き歩き出す。
「ま、待って! 」
アリアは初めて少年の手を掴み、少年を引き留めた。
「……なんだよ!」
少年はイライラしながら振り向くが、次の瞬間その表情は無くなっていた。
「ありがとう!! 心配して来てくれたんだよね? これお礼に貰って!」
男の子の目の前には最初に積んだ花束とお菓子がアリアの両手一杯に出されていた。
「……!」
男の子は顔を赤らめながらお菓子だけ取ってすたすたと走っていった。
「明日も!」
アリアは男の子の姿が見えなくなる前に大声で叫んだ。
「明日もきていい!?」
鞄の中で秘かにまた来るのかよと言ったシャンネイスの声はアリアには聞こえていないようだ。
男の子は聞こえているのか聴こえていないのか、何も反応がなく姿はやがて見えなくなった。
アリアが周りを見るとさっきまでいた二匹の蝶は居なくなっていた。
「私も行こうかな!あ!!お祖母ちゃん!遅刻だー!」
「うわぁ!いきなり鞄を揺らすなー」
そう言いながら重い鞄を肩に掛けて、森をぬけると古い一本の橋を一気に駆け抜けた。
町にはまだ人が少しいるだけでアリアは人が居ないことを確認すると橋を渡り終えた後、また森の方を振り向き、ニコッと笑いお祖母ちゃんの家へと急いだ。
(明日も森に行こう!)
わくわくや楽しみが一気に増えたようにアリアの足どりは重い鞄を持っているにしては軽かった。
その頃森ではというと、2・3個ほどのお菓子を片手に眺めながら、川沿いで男の子は少し照れくさそうにお菓子を食べていた。
その近くには先程の綺麗な黒い蝶が二匹仲睦まじそうに飛んでいた。
きれいな川の囀りを聞きながら…。