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諦念の末の  作者: 田山
4/12

03

 貴人の、まして女性だけの二人旅ほど、この世の中で危険なものはない。その程度の常識はもちろんわきまえているアルテイアは、まず修道院へと駆け込む前に侍女のマリアの夫を口実に利用することにした。


 侍女であるマリアは主人のアルテイアを差し置いて、数年前とんでもない大恋愛の末、三つも階級の離れた侯爵家の男性と結婚した。アルテイアの両親の持つ領地とは山を隔てた先にある侯爵家とは、アルテイアもいくらか交流があった。しかし諸々の事情から仲違いが深刻となり、現在は事実上の家庭内別居という形でマリアはアルテイアのもとに戻って住み込みで仕えていた。

 アルテイアとマリアの『夜逃げ』の、表向きの理由は、侯爵からマリア宛に再三送られてくる帰宅をただす手紙を口実に、「侯爵家に火急の用が出来たため早朝より家を出たが、侍女が不安がるため主人としてアルテイアも同行する」というものだ。

 もちろん、これは十二分に苦しい言い訳である。

 実際はマリアの夫の部下で、家庭内別居の協力者である騎士と合流し、彼を護衛としてそのまま修道院へ行こうという算段なのだが、道中で「こと」に気付かれない保証はなく、逃亡のために綿密に組まれた計画とはお世辞にも言い難い、あきらかに行き当たりばったりの杜撰な計画だった。


 護衛を引き受けてくれた騎士が待っているのは、ジルヴェスト家の屋敷から歩いて一番近くの辻馬車の停留所から、何度か乗り継いで3つほど離れた町である。つまり、さしあたって二泊ほど必要となる旅程だ。

 ジルヴェスト家の領地からその町までは、山を迂回する必要があり、その主要ルートは二つ存在する。アルテイアはそのうちより時間のかかる迂回路をあえて通ることにし、書き置きには逆のルートを指定することで情報を撹乱しようと画策したのである。


「それまでに早馬や追手に見付かって連れ戻されたら、わたしの負け。無事に騎士様と合流出来たら、勝ちといって間違いないわね」


「一応、ある程度の対策はしておりますが、あまり過度な期待をなさっても問題かと思われます。アルテイア様」


 もっともな侍女の不安をよそに、二人の旅路は順調に進み、呆気なく二つ目の町にたどり着くことが出来た。

 昨今の個人の巡礼者の増加の影響か、女二人組の旅人であってもあまり怪しまれなかったことが幸いしたようだった。


「こう言ってはなんだけれど、あまりにうまくいきすぎて拍子抜けね。不謹慎だけれど、ヴィルヘルム様のお式のために誂えた喪服を持っていてよかったわ。こうして怪しまれずに修道院へ向かえるのですもの。でも、そもそもの発端を考えるならばこんなに本末転倒なこともないわね」


「ええ、おっしゃる通りですわアルテイア様。とはいえ、もう2日も経ってしまいましたし、当然旦那様はカンカンにお怒りのことでしょう。そろそろ追いつかれてもおかしくありませんが……」


「書き置きの方向と別のルートを通っているのだもの。門の侍従にもわざわざ書き置きの通りに行くと強く言い含めておいたのだし、きっと大丈夫よ」


「であれば良いのですが……」


 隙あらば苦言を呈す侍女をさしおいて、アルテイアはどこまでも楽観的な見方をあらためるつもりはないようだ。

 普段は大手をふって練り歩くことなど不可能な都市の市場に、浮かれた様子のアルテイアはきょろきょろと辺りを見回してはマリアへ目に入った珍しいものものを報告する。


「そこの喪服のお嬢さん方!教会にでもいくのかい?持参金とまではいかないが、お布施代わりの土産にひとつ、うちの商品なんてどうだい?まけとくよ!」


「まあ、なにか珍しいものでも手に入るの?ねぇマリー、少し見ていきましょうよ」


「……まだ辻馬車の出立時刻まで時間がありますから、少しくらいでしたら……」


「そうこなくっちゃ!」


 マリアの承諾を得たアルテイアは、ウキウキと商人とあれやこれやと商品を物色しはじめた。


「この石なんて素敵ね!」


「さすがお嬢さん、お目が高いねぇ!それは遠く異教徒が跋扈する国から命からがら手に入れた、いわくつきの魔石と言われておりやす。なんでも特別な力が籠っているとか?どうです?お嬢さんに免じて原価50ギルトのところ、20ギルトで手を打ちますぞ!」


「まあ、お上手ね!どうしようかしら……」


 深窓のご令嬢たるアルテイアは、直接金銭のやりとりなど経験していない。当然、旅程の財政管理も侍女に任せきりである。

 手土産の購入の是非を問おうと、アルテイアはそろりとマリアの方を盗み見た。興奮気味でやり取りをするアルテイアを前に、はらはらとした気持ちで見守っていたマリアは、ここぞとばかりに口を出す。


「待ってアリシア、路銀が少ないのだからあまり出費をするのは好ましくないわ」


 質実剛健な侍女マリアの財布の紐は、予想以上にガッチリと固い。どうやらこの品はマリアのなかで無駄遣いととられたようだ。瞬時にそう理解したアルテイアは、気落ちして眉尻を下げ、申し訳なさそうに商人の申し出を断った。

 しかし、ハッと何かに気付いたアルテイアは、手に持った鞄からおもむろに自身が刺繍を施したハンカチを取り出すと、商人へと提示し、


「ねぇおじさま、この刺繍のハンカチで、この石とだったらいくらで交換できるかしら?」


 と商談を始めた。

 幼少の頃から手先の器用だったアルテイアは、刺繍職人顔負けの腕前の持ち主だ。その柄がジルヴェスト家の紋章の一部である鷹ばかりが選ばれていることは、非常に残念なことなのではあるが。

 ともあれ、アルテイアは十八番たる鷹の刺繍の入ったハンカチを、日の光に綺麗に透けるよう高々と掲げて、意気揚々と商人を相手に交渉を続ける。


「こりゃあ見事な刺繍だ!お嬢さん、もしかしてどこかのお屋敷の貴人かなにかかい?どうやら護衛の騎士殿は見当たらないが、道中はどうしてるんだい?」


「あらまあ、騎士様とは今、少しの間だけ別行動中なのですわ。馬車で落ち合う予定なのです。おほほほほ……」


「アリシア、あまり無駄口を叩いているようならそろそろ行きますよ」


 そうマリアが声をかけ、アルテイアが振り向こうとすると、アルテイアの背後に、急に大きな影が落ちた。


「失礼、その鷹……ジルヴェストの、とお見受けするが」


「!?」


 突然の見知らぬ人物の来訪に、アルテイアとマリアは驚きから立ち尽くしてしまった。目の前の男が一体、何者なのか二人には皆目検討がつかなかったからである。

 ジルヴェスト家の紋章は、馬車などにも取り付けられており民衆や下級貴族の間でもある程度認知されている。

 予定の騎士とも、ジルヴェスト家の騎士とも違うこの男性は、怪しいことこの上なかったが、その身なりを見る限り、きちんとした身分、つまり騎士であることに間違いはなさそうである。

 アルテイアはこの出来事が吉とでるか凶とでるか、全くわからなかったが、一先ずは素直に素性を明かすことにした。


「では、あなたはジルヴェスト家のアルテイア様で間違いないのですね」


 言葉少なに語る騎士は、納得したように何度か頷くと、おもむろに臣従の礼をとってアルテイアとマリアに語りかけた。


「男爵家の三男たるヴィンツェンツ・ヘンネフェルトと申します。ルドルフ様に、道中の護衛を任されました。馬車の手配はすんでおります。こちらへ」


 190センチの鍛え抜かれた長身は、実用的な騎士服によって包まれ、しかめられた眉と、一文字に結ばれた口元は彼の厳めしさをより強調している。焦茶色の髪は短く刈り込まれ、薄い茶色の瞳は見るものを射ぬき殺さんばかりに鋭かった。ともすれば熊のような風貌と呼ばれるジルヴェスト家当主よりも、アルテイアにはよほど熊に近いように思われた。

 有無を言わさず二人を連行しようとするヴィンツェンツの様子に怖じ気付いたマリアだったが、なけなしの勇気を奮って抗議して言った。


「差し出かましい申し出をお許しください。ヴィンツェンツ様の申し出は非常に感謝しております。ですが、すでに隣町にわたしの夫の侍従である騎士と合流する約束がありますの。それを反故には出来ませんわ」


「存じております」


「は?」


 毅然とした態度のヴィンツェンツは、淀みなく答える。


「旦那様には、マリア様が夫君にお会いするまでと、アルテイア様がジルヴェストのお屋敷にお戻りするまで、お守りするよう命じられました」


「まあ……」


「ご懸念は晴れましたか?では参りましょう」


 結論からいえば、この二人の夜逃げ計画は、達成を目前にして完全に頓挫した。

 ヴィンツェンツは二人を隣町へと届け、待っていた騎士と合流すると、そのまま付き従ってマリアとアルテイアを婚家へ送り届け、マリアとアルテイアと共に侯爵家に一時滞在することになった。なお、ここでマリアはすったもんだの末、夫たる侯爵と和解することが出来たのだが、ここでは割愛する。

 アルテイアとマリアの行動は、本来であれば勘当ものの事件ではあった。だがアルテイアのマリアへの日頃からの深い愛情と、マリアの婚家の複雑な問題も相俟って、今回の件については不問として、アルテイアは両親からの叱責を免れた。

 修道院へと向かうことが出来なくなったアルテイアは、マリアの問題が解決しても帰宅を渋ったが、とうとう観念して帰路についた。



 アルテイアが侯爵家からジルヴェスト家へと戻る道中、事件は起きた。アルテイア達の乗る馬車が山賊に襲われたのだ。

 侯爵家の豪奢な馬車に目をつけた命知らずの山賊が、運悪く休憩を取っていた一同が荷台を離れた隙を狙って襲いかかったのである。

 アルテイアとマリアは不運にも一行と少し離れた場所にいたため、瞬く間に柄の悪い連中に囲まれてしまった。恐怖から震えて立ち尽くすアルテイアが、殺されることを覚悟したその時、颯爽とヴィンツェンツが現れた。

 腰に穿いた長剣で次々と山賊をなぎ倒すと、震えて腰が抜けたアルテイアへ手をさしのべた。さらには、腰の抜けたアルテイアが歩けないことを知ると横抱きに抱えて馬車まで運んだのである。


「なんということでしょう、マリア。わたし、ヴィンツェンツ様があまりに眩くていらっしゃるから、胸がどくどく高鳴ってしまって、お姿を直視出来ないわ」


「アルテイア様、それはきっと恋というものだと思われます……」


 ジルヴェスト家に戻っても惚けた様子で空想にふけるアルテイアは、今日もお気に入りのロッキングチェアに腰掛けゆらゆらと揺らしながら、騎士と己の未来を妄想しては一喜一憂した。

 婚約こそ幾度もしていたアルテイアだったが、乙女にはあるまじく、ヴィンツェンツが彼女にとってはじめての恋の相手だったのである。

 自分の恋を自覚したアルテイアは、驚くべき行動力を発揮し、公爵家から護衛を派遣するという破格の待遇への感謝の手紙を送った。それはもちろん、婚約者であるルドルフ宛に送ったのであるが、文中には騎士ヴィンツェンツへ直接の礼をしたいので、中継ぎをして欲しいという懇願も含まれていた。彼女の本音は、本人の意図とは反して全くもって隠しきれていなかった。


 それからいくばくかの日数が経ち、返事の手紙を待つアルテイアは、屋敷への訪問者や荷馬車が来るたびにそわそわと浮き足だっていた。

 その様子を見たアルテイアの両親は、すっかりアルテイアがルドルフへと恋をしたのだと勘違いをし、その心境の変化を喜んだ。唯一、ことの実情を知る侍女のマリアはこの間違いを正すこともできず、苦々しい気持ちで自身の女主人を見守るほかなかった。


「アルテイア様、先ほど他の侍従からアルテイア様宛のお手紙を預かって参りました」


「……まあ、まあまあまあ!どなたからかしら!」


 さらに数日を経たある日、マリアがそう口にしたのを聞いてロッキングチェアから飛び上がったアルテイアは、飛び付かんばかりにマリアのもとへ駆け寄るとその手から手紙をふんだくった。

 普段であれば宛名などを確認するアルテイアだが、初恋の相手からの手紙かもしれない、という期待に興奮しきっていた。そのまま待ちきれない様子で封を切ると、ロッキングチェアに再び腰を落ち着けて手紙を読み始めた。


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