まさかの使い魔
「もう昼食は済んだの?」
イリーナから目を逸らして、横を通り過ぎようとするセフィールに声を掛ける。しかし振り返る様子も返事する様子もないため、イリーナはそっと息をついた。
「はあ…可愛かったわね、テディちゃん…」
「だあああ!言うな言うなぁっ!」
勢いよくイリーナの方へ振り返ったと思えば、そのままぐっと近づいて壁まで追い込む。背中を冷たい壁に預けながら、イリーナは余裕たっぷりに返した。
「あなたのそういう荒っぽい所をすべて包みこんでくれるかのような、愛らしい使い魔だったわねぇ」
顔中真っ赤にしているセフィールに、おもちゃを見つけた子どものようにイリーナは攻めることを辞めない。お前はそれでも教師かよ、と普段であれば言えたはずのセフィールも、羞恥と苛立ちでそんな突っ込みさえ出来ずにいた。
最初はイリーナからの指示にすぐに反応しなかったセフィール。しかし「もしやらないのなら、あなたの周りにだけ魔術の発動をすることも出来るわよ」とぞっとするような笑顔で言われ、渋い顔をしながら立ち上がった。またさっきのような教室の状態になったら困る…しかも自分の周りだけとは、どれだけ集中して何が襲ってくるか分からない。
ヴァンは既に知っているし、このクラスのメンバーもセフィールの使い魔は知っている。だが、イリーナに知られるのはどうしてか、弱みを握られるのではないか、と疑っていた。
「どうしたの?はやく見せて欲しいんだけど」
その目はまったくこちらに油断も隙も与えようとしないものだった。くそ、と悪態をつきながら、セフィールは先程メリプールがしたのと同じ動作をし、指輪へ意識を集中させた。
「……出てこい」
その名を呼んで、セフィールたちの前に現れた使い魔の姿は…
「……か、かっわいいーーー!!」
いかにも女子が好きそうな、テディベアによく似たそれはそれは可愛らしいものだった。頭と首に巻かれたリボンは赤いギンガムチェックで、まんまるなふたつの瞳に宿る光は庇護欲をかき立てられるようだった。イリーナはセフィールの出した使い魔に、主であるセフィールの許可を取ることも忘れ勢いよく抱きつき頬ずりを始める。
『はわわわ、くすぐったいですー』
「ええええなになに、なんなのこのカワイイ使い魔!もうテディベアそのまんまじゃない!いや~んもふもふしてる~~」
もたもたと慌てる使い魔の頭にあるリボンをつつきながら、「それにしても…」とイリーナはセフィールを見遣った。
「まさか、あなたみたいな人がこんな可愛い使い魔を使役してるなんて……」
「なんだよその言いぐさは!?別に俺だって使いたくて使ってる訳じゃ…!」
『…ご、ごしゅじ、ん……』
セフィールの言葉を聞き、使い魔は大粒の涙を瞳に溜めて少し我慢する仕草を見せたが、悲壮感たっぷりに泣き始めてしまう。
『ううぅっ、ごめんなさい…わ、わたしみたいなのが、ごしゅじんの…つ、つかいまなんて…むり、だってことは……っ』
「あらあら…泣かないでちょうだい、せっかくの可愛い顔が台無しよ?」
震えている使い魔の背をやさしく撫でながら、イリーナは励ましの言葉をかける。ふかりとした毛並みを撫でていると心のささくれも無くなっていきそうだった。能力としてはそう高い数値は持っていないとは思うが、居るだけでも癒やされる使い魔などそうそう居ない。ましてこんな純粋そうな可愛らしいタイプは特に。
狼狽えるでもなく、ただため息をつくだけのセフィール。使い魔を見せた時の反応は、およそ同じだ。「可愛い!」「触らせて!」からの「でもどうしてセフィールにこんなコが…?」になる。事情はあるにはあるが、一から説明するのも面倒でこれまでちゃんと離したことは片手で数えるくらいだろう。
「おい、いつまで泣いてんだよ。…てーか、いつまでそいつに抱き締められてるつもりだ」
『は、はいっ、すみません…っ』
「あらやだ、ヤキモチ?」
「ちっげぇよ!…って、なに嬉しそうな顔してんだ!こっち戻れ!」
「ええ~、もうちょっとだっこさせてよー。はあ、もふもふ……」
『きゃぁっ、くすぐったいですぅー』
イリーナから発せられているハートが宙を舞っている。なんとなくではあるが、纏っているオーラまでピンク色になっているような…メリプールは羨ましそうにイリーナと使い魔を見つめ、クリスは困った顔をしながら手を出せずにいる。アロマは静かに傍観していて、ヴァンは眉根を寄せて腕を組み、それなりに厳しい視線で射ているのだがイリーナは気付く気配すらない。
こういう面倒なことになりそうだったから出すの嫌だったんだよ…胸中でげっそりしつつセフィールは強制的に使い魔を指輪の中に戻した。さすがにそれを阻害することはせず、イリーナはまだ残念そうに「せっかくのもふもふ…」とごちていた。
「本当にこれは心から言うけど、あの使い魔ちゃんは絶対手放すべきじゃないわ。まあ能力としては努力が必要でしょうけど…それはまだこれから伸ばせばいいし、とにかく目の保養になるし、癒やし効果も抜群だわ。あなたの使い魔なのがちょっと勿体ない所ではあるけど…」
「褒めるかけなすかどっちかにしろよ!?」
「だから褒めてるじゃない、使い魔ちゃんを」
けろりと言い放つイリーナに、セフィールは頭痛を感じ取り「ヴァン先生がいつもより疲れてたのはこれのせいか…」と早速ヴァンに同情を寄せていた。
言いたいことを何を気にするでもなく言って、言葉で説く前に実力行使の魔術を使う。生徒より使い魔にべたべたすり寄って、使役人である目の前の生徒にはこれといった評価も無し。実は目の前にいる教師っていうやつは宇宙人というか異世界人で、もともとの造りが自分たちとは違うのでは?とセフィールは思いたくなった。
「まあ、それは置いといて。あなた暇でしょう?ちょっと図書館まで案内してくれないかしら?」
「は?なんで俺が…」
「案内、してくれるわよね?」
一体いつ張られたか分からない陣が足下にあることに気づき、セフィールは息を呑んだ。いくらあまり生徒が通らないような場所だからといって、こんなに自由に魔術を使うなんて教師としてどうなんだ?と至極もっともな疑問を持ちつつも、仕方なく…本当に仕方なく、セフィールはイリーナを図書館へ案内するため、歩き出すのだった。