もうひとりの生徒
セフィール可愛いなと思いながら書いています…
「申し訳ありませんイリーナ様!その、こんな醜態をさらしてしまって…」
「まあその辺はどうでもいいわ、それより机とか椅子とか片付けて」
「は、はいっ!」
イリーナの指示に動きだそうとするメリプール。しかしそれを許さないとばかりに、セフィールがメリプールの手を取った。
「おい、なにしてんだよ!教室こんなにしたの、あの女だろ?なんでお前がやるんだよ!」
「だからそれは…」
メリプールが言い淀むと、クリスがセフィールの方へ近づいて「まあまあ…」と宥めている。
「…俺は、教師なんてハナから信じてねぇんだ。まして女なんて…」
「セフィール…」
「…っだから! だから扉に術かけたのに!それ破るどころか教室内に術滑り込ませるとかありえねーだろ!そんな凶暴なことするやつ、教師でもなんでもない!だから、そんなやつの言いなりになんかなるなよ!」
言ってることが自分のしたことを正当化するための言い訳としか聞こえず、なんてこどもらしい…とイリーナは半目になりながらセフィールたちを眺めていた。
(信じてなくて、気に入らないから…か)
読んでいた本を閉じて、イリーナは自然と口角があがっていくのを自覚する。ついには笑い声がもれて、教室に高らかに響き渡った。
「ふふ、あはははっ! 面白い、なあにその、子どもみたいな言い訳!ねえ、あなたってそれで本当に………王子様、なの?」
小馬鹿にしたような声音を気にする仕草も見せず、狼狽えるセフィールにイリーナは再度問いかける。
「ねえ、セフィール王子様? あなたまさか、今まで自分がこの教室でやってたこと、誰にも知られてないなんて…まさか思ってないわよね?」
「なに、言って」
イリーナは愉快そうに指を揺らして、セフィールの周りに白い靄のかたまりを造る。いきなり自身を覆うそれに驚いて、セフィールは一歩後退した。まとわりつく靄を払おうと腕を振るもむなしく、まったく消える気配はない。
「いまあなたのまわりにつくったそれは…これまでの教師がされてきたことを映すものよ。あなたにしか見えない形でね」
「!?」
メリプールとクリスは、固まったように動かないセフィールを案じて近づこうとするが、イリーナに睨まれて踏みとどまってしまう。
椅子から立ち上がり教壇から降りて、イリーナはセフィールの居る場所へ近づいていく。最初白かったそれは、段々と灰色が混ざっていった。セフィールの顔は真っ青になっていて、そこに灰色がかかると余計に弱って見える。
「わたしのことも、同じように追い払いたいんでしょうね。まあでも残念ながら、そうはいかないの。どうしても排除したいなら…あなたの親にでも頼んで、わたしを殺すつもりでやりなさい。―――どうせ、ひとりじゃ何も出来ないでしょうから」
「……っ!」
目を見開いたセフィールがイリーナを強く睨み付ける。ふ、っと靄は消えていき、イリーナとセフィールを隔てるものは何も無くなった。
イリーナよりもわずかに低い身長のセフィールは、目を逸らすことなく宣言した。
「親の力なんて、いらない。…俺ひとりで、充分だ」
まるで、自分自身に言い聞かせるかのように、低い声でセフィールが言うのを聞いて、イリーナは目を細めた。
「…そう。期待してるわ」
―――イリーナ、お願いがあるんじゃ。
セフィールに背を向けて、イリーナは再び教壇の場所に戻る。教室を見渡して、そして中央で固まっている三人に向けて、微笑んだ。
「さ、まずはお掃除の時間ね。この教室の中、綺麗にしましょうか」
―――彼らは、各国の王子。それぞれが様々な過去や理由を持って、この学園にきている。
イリーナの一声で、メリプールは弾かれたように動き出す。遅れてクリス、最後にセフィールが続いた。別に魔術を使ってはいけない、とは言わなかったのに、律儀に自分たちの手で椅子や机を並べ、乱れたカーテンを戻している。頬杖をつきながら、イリーナはその様子をぼんやり見ていた。
―――どうか彼らを、正しい魔術の使い手に導いて欲しい。王子としてでなく、ただひとりの少年として…寄り添い、救って欲しいのじゃ。
(正しい魔術の使い手にする…確かにそれは大事だわ。でも…)
マカラムからの話を思い出して、気付かれないようにため息をつく。
一切手伝う気のないイリーナは、先程まで座っていた椅子に腰掛けた。じゃらりと首飾りが音を立てる。細かな模様が彫られたそれを一瞥して、作業を続ける三人を見遣った。
(寄り添って救うなんて…ほんと、ガラじゃないんだけどなあ)
そんな善人のような真似事をしても、笑ってしまうほどへたな芝居になるのでは、とイリーナは思う。けれど、それがマカラムの願いであるなら、達成させなければならない。それになにより…
「はちみつ食べ放題のためだしね…」
「…? イリーナ様、なにか?」
独り言を拾い上げたメリプールに、なんでもないと首を振った。
「そんなことより、その呼び方やめてってわたし言ったわよね」
「す、すいません!つい…」
「そうだぜメリプール、こいつにそんなかしこまる必要ねぇよ」
「こらセフィール、先生に向かってなんてことを…」
三人で言い合いが始まりそうになった時、教室の扉がスライドされた。音のした方へイリーナたちが振り返ると、そこに立っていたのは先程わかれたヴァンと…
「…はじめまして。アロマ・リズと申します」
上品な金色の髪をひとつに束ねた、十代半ばに見える少年だった―――。