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あいさつは魔術で

プレートには「特別クラス」という飾りっ気も何も無い文字が並んでいた。持っていた資料と場所を照らし合わせて、間違いではないか一応確認する。…どうやら、ここらしい。イリーナは重い首飾りを指で弾いてから、スライド式の扉の取っ手に手を掛けた。


「…あら」


 すんなり動くはずの扉は、鍵でも掛かっているように動かない。静電気のようなものを感じたあたりから、もしやと思ったが、どうやら内側から術が掛けられているようだった。

 イリーナは一度扉から手を離す。ガラス張りの窓はなく、真っ白なだけの扉と壁。中の様子はうかがえないが、おそらく生徒の悪戯か何かだろう。こんな子どもじみたことをするとは…受け持つクラスの生徒はなかなか発想が幼いらしい。あらかた授業を受けたくないとかその辺の理由だろう。何かのコードでも入れないと開かない仕組みになっている所からして、生徒の間では通じ合っているパスワードがあるとみたイリーナ。しかし、わざわざそんなものを考えるのも面倒だったので。


「おはようございまーす。イリーナ・フォルワントでーす。得意な魔術はいろいろでーす」


 よろしくね、と付け足した後。ぱちん、指を鳴らした。


「「「うわあああああああ―――!!」」」


 教室の中から聞こえてくる大絶叫の嵐。何か大きな物音も一緒になっている。イリーナは腰に手をあてて、ふん、と鼻をならした。しばらくしてカチャンと音がし、再び扉の取っ手に手をかける。今度はスムーズにスライドされ、ようやく教室内へと入ることができた。

 見渡す景色…それは、きっと綺麗に並べられていただろう机や椅子があちこちに散乱、山積みになっていて、真ん中にできた空間に何人かの影がまとまって折り重なっているものだった。


「あら、こんなに散らかった部屋なの?大変だわ、掃除から始めないといけないのかしら」


 しれっとしながら言い放つイリーナに、がばりと身を起こした一人の人物がいた。

その人物は、藤色をしたやや癖のある髪と、ふっくらとした頬に、くりっとしたまん丸い瞳…に、つり上がった眉がミスマッチではあるが、整った顔立ちの少年だった。

すたすた教壇にのぼるイリーナに、少年は指さしながら声を荒げる。


「おい!これは一体どういうことなんだ!」

「どうって…君の身に起きたことそのままですよ」


 イリーナは黒板に、人差し指で自分の名前を書いていく。辿った場所から白い光がこぼれ、遠くから見ても目立つようになっていた。


「まあまあセフィール、落ち着いて…」

「これが落ち着いていられるか!?」


 伸びていたもう一人が起きて、セフィールと呼んだ少年の肩を叩きながら、


「どうどう」と諫めている。しかしセフィールはそんな制止に構うことをしなかった。


「クリス、お前はこの所行許せるのか!」

「それはセフィールが扉に術を掛けたからじゃないですかー」


 セフィールとは反対に眉を下げながらそう言うのは、空色をした肩までの髪を持つ、クリスという青年だった。耳で揺れている銀色をした大ぶりのピアスが印象的だ。こちらはまだまともそうか、と思ったイリーナは、もう一人の倒れている誰かに向かって声を掛けた。


「ねえ、そこの寝てる人。はやく起きてちょうだいな、さっさと自己紹介をしたいのだけど」


 しゃあしゃあと進めていくイリーナに、セフィールはまた声をあげようとしたが、それはむくりと起き上がった彼―――メリプールによって阻まれた。


「す、すみませんイリーナ様!何度も止めたのですが…!」


 先刻までイリーナに助けられ押し倒されていたメリプールは、イリーナから声がかかると俊敏な動作で立ち上がって最敬礼をした。そんなメリプールを見たセフィールは、今度はイリーナからメリプールに照準をかえて口を開いた。


「おいこらメリプール!なんでそういうこと言うんだよ、自分は悪者じゃないってか!」

「そ、そういうんじゃないけど…でも止めたのは本当だし、僕の本望じゃなかったし」

「く…っ、それよりなんだよイリーナ様ってのは。様つけるような人間なのかよ?」


 セフィールの口ぶりは、イリーナのことを軽んじているようだった。様子を見ていたイリーナにもそれは伝わったが、特段突っ込みを入れる気にもならずそのまま傍観していた。すると、メリプールは先程よりも目を鋭くし、セフィールをまっすぐ見据える。いきなり変わったメリプールの雰囲気に、セフィールもクリスも、そしてイリーナも目を瞠った。


「イリーナ様は、僕の命の恩人だ!今日、ここに無事来られたのはイリーナ様が助けてくださったからで…!」

「…お前まさか、また腹減らして廊下で倒れてたのか?」


 セフィールが冷ややかに問えば、メリプールはぐっと言葉に詰まってしまう。その様子を見て、クリスは首を振った。


「メリプール、勉学に励むのは結構ですが、寝食を忘れてはいけないとあれほど…」

「だっ、だってこのあいだの試験、点数がひどくって…!追試の追試なんてやったら、また父上になんて言われるか…!」

 イリーナは近くにあった椅子を寄せて背中を預けてから、持ってきた本を読み始めていた。耳だけは三人の声に傾けつつも、目は完全に本に記されている文字を追っている。


「本当に筆記がダメなんだなメリプール…さすがに俺も追試の追試はまだ経験がないぞ」

「違うんだよー!範囲だと思ってた場所がなんかずれてて、それで…」

「…確か、その話以前にもありましたよね?しかも何度か……」

「うう、そうなんだよクリスー!だから、絶対に次の試験はなんとかしなくちゃいけなくてさぁ…」


 涙声になりながらクリスに泣きつくメリプールに、よしよしと頭を撫でるクリス。腕を組みながら仕方ないやつだなと呟くセフィールだが、それ以上の攻撃はなかった。


「…ねえ、終わった?」

「!」


 一旦話の区切りが着いたであろう所で、イリーナは本から目を離さずに声だけ三人に向けて発した。いちばんに反応したメリプールは、慌ててイリーナのもとへ駆け寄る。


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