餌
「そこの変態。次はお前の番だ。外に出ろ!」
変態とは俺のことだろう。もう、ツッコミを入れる余裕はなかった。俺はエルフの兵士に連れられて雑居部屋を出た。長い廊下を進み巨大な扉の前で止まった。兵士は扉の鍵を外し、
「嬉しいだろ?ゴミが俺達エルフの役に立てるんだからな。さっさと中に入れ!」
俺は扉を開け部屋の中に入った。
大きな何もない部屋だった。恐れていた怪物に姿はない。怪物どころか、窓も家具も何もない。天井が高く何もない広い部屋・・・俺は、恐る恐る部屋の中を歩くと、部屋の中央に置かれた小ぶりの槍の存在に気が付いた。この槍が何かの役に立つかもしれない。俺は、槍に近づき手を伸ばした。
「私に触ろうとしたでしょ!何なの?バカなの?」
槍は突然に少女の姿に変わり暴言を吐いている。この少女の能力と外見はどこかで見覚えがある。どこかと言っても擬人化できる知り合いなんてユグしかしないが、
「ユグを少し若くしてペタンコにして、冷たさと気の強さを10倍にした不良っぽくした少女だなと俺は思った」
「ちょっと・・・心の声みたいなものがだだ漏れしれるし!」
「俺は正直だけが取り柄だからな。それより、お前はあれか?生贄になる俺の為に、エルフが用意したプレゼントみたいなものかな?ありがたく頂きます」
「誰が世界最高のプレゼントよ!あんたにプレゼントなんか無いわ。私があんたを食べるんだから」
「俺は初めてだから、女の子から積極的にしてもらったほうが良いかもしれない。不良っぽい女の子に襲われるのって少年の夢の1つだよね!」
「この変態!食べるってそんな意味の訳ないでしょ。あんたと話していると調子が狂うわ。いつもは擬人化もしないで、私に近づいた囚人を食べるだけなのに・・・なんか、違和感があるのよね」
少女は俺を観察するように見つめ「えい!」と、俺の血だらけ穴だらけのシャツを引き裂き上半身を裸にした。
「いよいよプレイが始まると思って宜しいでしょうか?」
「これ以上ふざけたことを言ったら細切れにするわよ。ところで、首筋に咲いている花は何?そもそも、あんたは何者なの?人間で合ってる?」
「俺の首にはユグドラシルが埋め込んだ、彼女の一部が埋め込まれている。それと俺は異世界から来たから、この世界の人間と全く同じかどうかは分からない」
「・・・違和感の正体は分かったわ。ユグドラシルは生きていたのね・・・死んだと聞いていたけど・・・私はユグドラシルの右腕・・・もともと、同じ体だからね。埋め込まれた世界樹の一部を感じて、あんたを殺す気持ちになれないのかな」
「ユグは死んでない。力を失って弱ってきているとは言っていたけど、俺を異世界から呼び寄せるくらい元気だ」
「知らなかった・・・知っていればこんな事にならなかったかもしれない・・・」
少女は悲しそうに目を伏せた。
「私が自我を持ったのは最近のことなの。それまでは、私は武器としてエルフの王に振われるだけの存在だったわ。ユグドラシルにはもともと再生と吸収の力があった。ユグドラシルの右腕だった私には吸収能力がある。私は、この能力で何万人もの人間や獣人達の命を吸収したわ」
「別にお前が悪い訳ではないだろ。お前は武器だったのだから使った奴が悪い。エルフはお前に命を吸収させて何を企んでいるんだ?」
少女が手のひらに淡く輝く光の玉を出現させた。
「この光の玉が生命力の塊。これは純粋なエネルギーだから何にでも転用できるわ。力を増強したり魔法の源にしたり・・・エルフの王は生命力を集めて、大規模な蘇生魔法を使うつもりなの。100年前の戦争で死んだ仲間を全員生き返らせるために・・・」
「100年前の死人を生き返らせるなんて可能なのか?死体も残っていないだろう?」
「・・・不可能とは言い切れないわ。エルフ達はこの不可能な願いのために、この大陸の・・・いいえ、この世界全ての命を集めようとしている。エネルギーを無限に集め続ければ、いつかは不可能な願いに届くかもしれない・・・エルフは生命力を奪うために、人間に最終戦争をしかける準備をしているわ。今までは大人しくしていたけど準備が整えば戦争は始まってしまう」
少女は光の玉を手のひらに戻し、真っすぐに俺を見つめる。
「エルフ達は、効率よく生命力を吸収するために私の複製品をいくつも作ったわ。まだ、自我も持たない私の妹たち。妹たちの中には力の弱い者もいて、生命力吸収に体が耐え切れず何人も壊れてしまった。私は妹たちを助けたい。戦争なんかに利用されたくない」
少女の視線には確固たる決意が込められていた。
「私と妹たちはエルフに逆らえないの・・・私をユグドラシルのもとに連れて行って!2人の力が合わされば、昔の絶対的な力を取り戻せれば、きっと妹たちを救うことができるわ」
少女は、妹たちを守りたい、家族を守りたいと強く願う。それはもっとも大切で純粋な願い。愛する者の為に、自分を犠牲にすることすら厭わない。
ユグも同じだ。奪われたこと裏切られたことに対し、一切の泣きごとを言わない。それは今でもエルフと人間を愛しているからだ。彼女たちは無償の愛に溢れている。
「一緒にユグのもとに行き、お前も妹も、みんなを助けよう!俺の名前はハル。宜しくな」
俺は右手を差し出しながら言った。
「何なのその手は?あんたの手なんか握るわけないでしょ!汚らわしい人間の分際で生意気よ!バカなの?でっでも、みんなを助けるって言ってくれて嬉しいかも・・・なっなんでもないわよ!私の名前は、世界樹セカンド。エルフ達にはセカンドって呼ばれているから、あんたもそう呼んで構わないわ」
「これは特別なんだからね!」文句を言いながらもセカンドは俺の手を握り返した。
「あの・・・名前が世界樹セカンドだったら、セカセカちゃんて呼んで良いかな?」
「ハルってキモいね。ドン引きしたわ・・・」
道具として使われ続けた少女は、妹たちを守るために戦う決意をした。
俺はユグとセカンド、そして妹たちに囲まれる未来図が頭に浮かび、俄然やる気がわいてきた。