理想と現実
狼の襲撃を乗り越えた俺は、夜通し歩き続けついにエルフの住む街にたどり着いた。
街の入口にある、木と草で編まれたアーチを潜るそこはとエルフの街だ。草木と一体化した家々が立ち並び、街の中央には大きな城も見える。そして・・・
「うおー!予想以上に素晴らしい!金髪碧眼、透き通るような肌、尖った耳・・・何より、みんな美しい。この眺めだけで異世界からから来る価値がある・・・あれ?」
何か違和感がある。嬉しさのあまり奇声を上げたことが原因だろうか。エルフの皆さんに、とても注目されている気がする。確かに血だらけで服もボロボロの人間がいれば目立つかもしれない。どこかで血を洗い流し、着替えも入手したいものだ。俺は勇気を出して住民に話しかけた。
「エルフのお嬢さん。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「嫌だー。お母さん、汚い人間が私に話しかけてきたよ。怖いよー」
俺が話しかけたエルフの幼女は泣きながら駆け去っていく。周囲のエルフから「人間が女の子を泣かせた」「汚らしい人間め!」とか、完全に不審者に対する扱いだ。
「この街に潜入した人間はどこだ!」
「衛兵さん、こっちです。早く、あの汚らしい人間を捕まえて下さい」
槍で武装した3人のエルフの兵士が俺を指さしながら駆け寄って来た。
「汚らしい人間というだけで罪深いものを、幼女にまで手を出す変態め!貴様のようなゴミは牢屋にぶち込んでやる」
「ふざけるな!俺は話しかけただけで何もしていない。俺は無実だ!」
「犯罪者はみんな、同じことをいうものだな。口がきけなくなるまで痛めつけてやる・・・」
ドスッ!
兵士の1人が槍の石突きで俺の顔面を殴打した。歯が何本か折れたようだ。口の中が血だらけになる。3人の兵士は、激痛にこらえきれずに蹲る俺をボコボコに殴り続けた。そして血まみれになった俺をどこかに連行した。
連行された場所は牢獄だった。俺の入れられた牢獄は雑居部屋で、多数の人間と異種族が捕らえられている。人間、獣人、ドワーフ、コボルト・・・全員男ばかりなのが残念だ。だれでも獣人やコボルトの女性をモフモフしたい欲求はあるはずだ。男の獣人なんて毛深くてむさ苦しいだけだよ!
「よう、兄弟。ずいぶんと痛めつけられたようだな。何をやったんだ?」
中年の人間、いかにも犯罪者顔のオッサンが話しかけてきた。
「俺はエルフの幼女に・・・」
「わかった!兄ちゃん、皆まで言うな。確かにエルフの幼女には、リスクを恐れず挑む価値があるよな。このクズ野郎め。まあ、俺が捕まった理由も似たようなものだけどな」
「これから俺達はどうなるんだ?」
「そうか・・・兄ちゃんは知らなかったのか・・・俺達はこれから怪物の餌になるんだ。ハハッ・・・どんな風に食われちまうんだろうな・・・」
オッサンの情報で現在の状況がわかってきた。エルフの国に侵入した人間は、侵入しただけで逮捕される。俺がエルフの幼女に話しかけたことが逮捕の原因ではなかったようだ。そして、逮捕された人間と他の種族は怪物の餌になる。逮捕されても取り調べもなく、もちろん裁判もない。全員が怪物の餌になるようだ。
俺は牢獄から脱出する為に鉄格子を調べたり、他の囚人から情報を集めたりしたが脱出する方法などなかった。俺は心の中で何度もユグに助けを求めた。異世界トリップの願いを叶えてくれた流れ星に、何度も願いの取り消しを願った。しかし、いくら助けを求めても、奇跡を願っても何も起きなかった。
「そこの獣人。次はお前の番だ。外に出ろ」
何時間かに1度、エルフの兵士が囚人を外に連れていく。暴れる囚人もいたが、エルフは無茶苦茶に強い。囚人を簡単に叩きのめし連れて行った。
「そろそろ、俺の番だな・・・兄ちゃん、俺はまだ死にたくねぇよ・・・」
オッサンがガタガタ震えながら呟いている。しばらくして、オッサンの番になりエルフに連れて行かれた。
次は俺の番だ。「もしかしたら、助かるかもしれない」と、俺は信じていたがそんな都合のいい奇跡は起きなかった。死の恐怖に俺も震えが止まらなくなった。