チート
冒険に出る決意はしたが問題はある。ユグは寂しくて異世界から俺を召喚するくらいの寂しがり屋だ。出発を許してくれるだろうか?
「冒険ですか?とてもいいと思います。私もご一緒したいのだけど、ここから離れられません・・・ハルはこの世界を楽しんで来て下さいね」
あっさりOKだった。ユグにとって1週間程度は昼寝をしている間に過ぎてしまうらしい。時間感覚が人間とは根本的に違っていた。
「異世界トリップと言えばチートなんだけど・・・ユグは俺にチートをくれるかな?」
ご飯と寝床、そしてチートまでおねだりする俺は完全にヒモだ!
「うーん・・・チートって何ですか?」
俺はチートについて熱く語った。
都市を、いや世界を破壊するほどの絶対的な力・・・時の支配者。あるものは時間を止め、あるものは時間跳躍する・・・ヤバい!胸が熱くなるぜ。もっともっとチートについて語りたい!
「あー。あー。あの大体わかりましたから大丈夫です。ずるっこのことですね」
「チートを、男のロマンをズルって言わないで!言葉が僕の心の柔らかいところに突き刺さるよ!」
「はいはい、泣かないで下さいね。それでは、とっておきの力を授けましょう」
ユグは俺に微笑みながら近づき、「えい!」と俺の首筋に何かを突き刺した。
「イテ!」刺された首筋を触ると何かが埋め込まれている。
「もう少しお待ち下さい・・・・・・はい、咲きました」
咲きましたってなに?再び首筋を触ると、首筋に埋め込まれた物体から何かが出ている。
「まあ、キレイな青い花ですね。とてもお似合いですよ」
「なるほど!俺は首に何かを埋め込まれ、そこに花が咲いたのか!」
「私はこれほど朝顔が似合う人間に初めて出会いました」
首から青い朝顔の花が咲いている姿を想像する・・・正直言って気持ちが悪い。朝顔を引き抜こうと引っ張るがびくともしない。強く引っ張ると後頭部が異常に痛い。
「ハルの首には私の一部を埋め込みました。その朝顔は私が死ぬまで抜けません。根っこが後頭部にまで届いていますので、強く引っ張ると危険ですよ」
「なんか気持ち悪いし、凄く怖い。脊髄とか神経とか大丈夫だろうか・・・だけど、これもチートのためだ。この大きな代償を払って、俺はどんなチートを手にいれたのだろうか?」
「ふふっ。何と回復力が大幅にアップします。昔、人間の男で実験しましたが、子作りに対する欲求が止まらなくなって、その男の子供だけで村が作れるくらいでした。男の奥さん達に聞きましたが、回復力が凄くて体が持たないと言っていました。後はおまけ効果で怪我の治りが早くなります」
俺は生命の象徴である世界樹の一部を埋め込まれ、精力絶倫になったようだ。たしかに凄いチートだと思うが、俺が望むチートはこんなんじゃないよ・・・精力絶倫だなんて恥ずかしくて言えないよ・・・
・・・もしかしてだけど、このチートはユグの願望が込められているのではないか?もっと、肉体的なアプローチをして欲しい。しかも、何度も求める頑張り屋さんということだろうか?俺は勝手に思い込むことで心の安定を保つことにした。
「まあ、ハルったらニヤニヤして・・・とても喜んで頂いて光栄です。本当はハルが望んだ、都市を一撃で破壊するような力を与えたいのだけど・・・今の私には、これくらいのことしかできません」
「ありがとう、ユグ。最初は複雑な気持ちだったけど、俺、このチートと上手くやっていけそうな気がするよ」
「きっとハルならこの力を使いこなせます。それから・・・」
ユグは「えい!」と今度は世界樹の巨木に飛び上がり、1メートルほどの枝を折って戻ってきた。
「この枝もあげますね。私の枝は鉄よりも頑丈です。奪われた右腕のような絶対的な力はありませんが、普通の武器よりは丈夫で威力もあります」
世界樹の枝を受け取り、出発の準備が整った。いよいよ異世界での冒険が始まる。
「ハル、私のことは気にせず、楽しんできて下さい!」
ユグからご飯と寝床、そしてチート能力を与えられ、さらに武器までもらった。
俺は「お小遣いをもらって遊び歩くヒモみたいだな」と思いながら冒険の第一歩を踏み出した。