プロローグ
遥か昔のこと、この大陸に1本の美しい巨木があった。
この大陸には1本の巨木しかない。
巨木は長い年月を1人で過ごしたが、孤独に耐えられず、自らの葉からエルフと人間を作った。
巨木にとってエルフと人間は子供と同じ。
巨木はエルフと人間を大切に育て、エルフと人間も巨木を“ユグドラシル/世界樹”と呼び、親のように敬った。
名前がなかった巨木は、子供達が名付けてくれた名前“世界樹”をとても気に入り喜んだ。
孤独だった巨木が望んだ家族との過ごす、夢のような日々が何百年も続いた。
エルフと人間は兄弟のようなもの。食べ物、遊び場所の取り合いでよく兄弟喧嘩をしていた。
どちらも生まれたばかりの子供達。大人になれば仲良くするだろうと巨木は考えていた。
しかし、月日が経つごとに喧嘩はエスカレートしていく。
そして今から100年前、何万ものエルフと人間が武器を手に取り大規模な喧嘩を始めた。
これは、喧嘩ではなく戦争と呼ぶべきだろう。
巨木は必死に止めたが戦争は続き、ついに数に勝る人間がエルフを追い詰めた。
追い詰められた1人のエルフは巨木の元を訪れ、力の象徴である右腕を折り盗み去った。
エルフは盗んだ巨木の右腕から槍を作る。
槍の力は絶大で攻めよせる人間を跡形も無く消し去った。
この戦いでエルフと人間は総人口の半分を死に至らしめた。
戦いと人殺しによる興奮が冷めたエルフと人間は、自らの行為に恐怖した。
右腕を盗んだエルフ達は巨木の元を去った。
巨木は盗まれた右腕を取り戻したかったが、右腕と一緒に力も奪われ取り戻すことが出来ない。
人間達は巨木がエルフに右腕を与えたと思っている。
何度、盗まれたと説明しても解ってはもらえなかった。
人間は恨みの言葉を投げつけ巨木の元を去った。
エルフも人間も巨木の元を去り、巨木は1人に戻った。
エルフに折られた右腕がジクジクと痛む。
時間と共に傷は広がり巨木は弱っていく。
体の傷以上に心の傷は大きい。
自分が作った子供たちが殺し合い、憎しみと恐怖に悶えながら死んでいった。
孤独に耐えられなかった自分の責任だ。
子供達を止められなかった自分の責任だ。自分が悪い。自分が嫌い・・・
100年もの間、自己否定を繰り返した。
エルフも人間も力を失った巨木のことを忘れていく。
巨木の葉は黄ばんで落ち、幹は無残にひび割れ、巨木が枯れるのも時間の問題だろう。
自分の死期を悟り、寂しさが込み上がってくる。
遥か昔のように1人戻り、孤独に死んでいくのだろうか?
家族と過ごした夢のような毎日を思い出す。
どうしようもない寂しさで心が張り裂けそうだ。
「私の名前はユグドラシル・・・」
全てを失った巨木に残ったのは、子供達が名付けてくれた名前だけだ。
「私は、たくさんの子供達を死に追いやりました。それなのにまだ生きている。それなのに私は、まだ諦められない」
100年続けた自己否定に末に残った感情は、
「それなに私は、家族が欲しい。心が通い合った家族。私は家族が欲しい・・・私を寂しさと後悔の連鎖から助けて欲しい・・・」
子供達を死に追いやったことへの後悔の念が消えたわけではない。
これは自分勝手な願いだ。
だけど、こんな願いが叶う夜もある。この夜、1つの奇跡が2つの願いを叶えた。