オレンジ、後ももいろ
夕焼けが差し込む放課後の教室、ヘッドホンから流れる好きなバンドの新曲。授業が全部終わって帰りのHRも終わって、みんな部活やら遊びにやら行ってしまった後、こんな風にボーッとするのは俺のお気に入りだ。暖房なんて切れちゃってるし人なんかいないから寒いけど、コート、マフラーで完全防備すれば大丈夫。
アルバムが一つ終わって、曲がシャッフルされる間ヘッドホンからは無音が流れる。そんな時微かに聞こえた、ぱちん、という音に俺は不思議に思いながら後ろを振り向いた。
おや、どうやら俺の他にも教室に残っていた人がいたらしい。
――全っ然気付かなかった
俺はぱちくりと目を丸くした。
窓側の一番後ろの席に、女の子が座っている。勿論クラスメートだ。教室の中じゃあんまり目立たない子。
真っ黒なボブカットの髪を耳にかけ、その子はただひたすらぱちん、ぱちん、とホッチキス留めの作業をこなしている。唇は真っ直ぐ引き結んで無表情。顔の左半分だけ、オレンジ色だ。
ヘッドホンを外してじーっと観察する俺に、勿論その子は気付かない。名前、なんて言ったっけか。席替えの時、席いいなぁって話し掛けた気がするんだけど。そしたら確か、一番前だったら授業に集中できるよ、って。ふんわり、笑ってた、様な。
ふう、とその子が力を抜いた瞬間、バッチリ目が合う。その子はちょっとビックリした様に肩を跳ねさせた。
「――わ、芝君。どうしたの?」
あ、名前思い出した。女子にしては少し低めなアルトの声に、んー、と生返事で答えつつ、俺は自分の座ってた教卓の目の真ん前の席からその子の前に後ろ向きで座った。
「高良さん、何してんのかなーって」
「あぁ、これ?明日の古文の資料だよ」
「へぇー。国語係だったの?」
「あたしじゃなくてあたしの友達がね。今日忙しいみたいだったから代わったの」
「ふぅん」
優しいんだ、と笑うと、高良さんは困ったみたいに笑って、そんなことないよ、と言った。八の字に下がった眉とちょっと見えた八重歯に、ドキ、と一拍心臓が速くなった。
――あれ?可笑しいな。俺の好みはリカコみたいに派手で、本田さんみたいに声が可愛くて、結衣みたいに胸が大っきくて、園田先輩みたいなロングヘアーの子が好みだったのに。
「――俺も手伝うよ」
「え、いいよ。悪いもん」
すっと出た言葉はばっさり切って捨てられた。ショックで何だか今度はずきりと胸が痛んだ。むむむ、どうやら勘違いではない様だ。
「えー、やらせてよ。俺、高良さんと仲良くなりたいからさ。コレ、キッカケ」
きょとん、目を丸くする彼女。自覚すればあっと言う間で、またまた俺の鼓動は速くなる。
高良さんはゆっくりと一回瞬きすると、また困ったみたいに笑った。さっきとは違う、本当に困ったみたいな顔。
「あー、ありがと。じゃあお願いしようかな」
ねぇ、その顔。さっきの社交辞令かなんかだって思ってるでしょ。鈍いのか、わざとなのか、分かんないけどさ。あれがマジだって、絶対気付かせてやるから。
なんて、俺もさっきの自覚したばかりの恋心を弄びつつ、俺は茶色いプリントを半分に折るのだった。