[番外編]ニコラス、イーウイアに叱られる(中級魔術師試験の数ヶ月前)
「ねぇ~、もっとオイシイお仕事はないの?」
ニコラスは今日も事務局のカウンターでごねていた。
「いたいた」
声とともに肩を何か固いものでトントンと叩かれる。
振り向くと、扇子を手にしたイーウイアが立っていた。
「ちょいと顔かしてくんな」
イーウイアは顎をしゃくるようにして、廊下へ視線を動かすと、そのまま歩き出した。
ニコラスは仕方なく後をついて行く。
イーウイアは人気のないところに来ると、立ち止まり、ニコラスに向きなおった。
「カトリーナのことなんだけどさ。あの娘、未だに中魔試験受けられないでいるんだよ」
「え? そうなの?」
ニコラスは驚いた声を出した。
ニコラスの記憶が確かなら、カトリーナは今年17歳になるはずだ。
中級魔術師試験は15歳から受けることができる。カトリーナの素質を考えれば、とっくに中級魔術師になっているはずだった。
「 そうなんだよ。信じられないでしょ? あたしも何度もお願いに伺ってるんだけどねぇ。あの娘の親父さん、ホント、話しのわかんない石頭なんだ」
イーウイアは扇子で掌をパシパシ打ちながら言った。
「親の許可がおりないの? 」
ニコラスは小首をかしげる。
「そ。あたしをバカにしてるってぇのがみえみえで、毎回毎回、腹が立つっ」
イーウイアは忌々しげに顔を歪め、扇子を強く握りながら吐き捨てるように言った。
ニコラスはそんなイーウイアの様子にちょっぴりたじろぐ。
「あのさぁ、なんでお貴族さまって、魔術師のこと見下してるんだい? 何様のつもりなんだろねぇ? これでもあたしはザルリディアの人間だよ?」
イーウイアは少し身体を引いたニコラスに向かって、足を半歩前に出すと、掴みかかりそうな勢いでまくし立てた。
「そんなこと、オイラにきかれても分からないよ」
ニコラスは両手を胸の前で振りながら、後退りする。
「はあっ? おまえさんも同類じゃないか」
イーウイアがドスのきいた声をだし、扇子をニコラスに向かって突き出すように一歩前に出る。
「一緒にしないでよ」
ニコラスは「心外な」という感じで眉根を寄せる。
「はあ?」
イーウイアは顔を歪めながら、薄い目でニコラスを睨みつける。今にも扇子が飛んできそうな雰囲気だ。
「分かったよ。オイラが裏から手を回せばいいんでしょ」
ニコラスは半歩後ろにさがり、引きつった顔をしながら言った。
「そうしとくれ」
イーウイアは表情を緩めると、
「ついでに上魔試験のときも頼んだよ」
わらざとらしいくらいご機嫌な声色で、にっこりと可愛らしく小首をかしげる。
「えっ、上魔も?」
ニコラスの言葉に、イーウイアは険悪な顔になった。
「決まってるじゃないか。あぁたが撒いたタネなんだよ。あ゛? 」
ドスのきいた声は殺気すら感じる。
「分かったよ」
ニコラスの返答に、イーウイアは満足そうに表情を緩めた。
ニコラスはホッとすると、口を開く。
「今日のイーちゃん。いつにも増しておっかないなぁ~。もしかして、更年期? 」
ニコラスはニタァと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「はあ? 叩くよ?」
イーウイアは険悪な声をだし、手をにもった扇子を振り上げる。
「キャー。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ニコラスは慌てて逃げ出した。




