[番外編]ニコラス、イーウイアに嫌味を言われる(約7年前のある日)
「ちょいと、ニコラスせんせ」
事務局のカウンターでごねていたニコラスは振り向いた。
長い黒髪を高く結い上げた小柄な女性が、流れるような足どりでこちらへ向かってやってくる。
彼女は師範魔術師・イーウイア。
魔術師の名門・ザルリディア一族の出身で、風の舞姫とも呼ばれている。
ニコラスは出自は王家だが、今はザルリディア家の大姫だったレイラの孫として、ザルリディア一族に名を連ねている。そう、ニコラスとイーウイアは共にザルリディア一族であり旧知の間柄なのだ。
「はい。ご所望の品」
イーウイアは手に持ったチケットをぞんざいにニコラスに差し出す。
「ぅお~。ゲットできたんだ」
ニコラスはチケットをもぎ取るように受け取ると、両手でもち、かざすようにして文面を眺めた。
イーウイアは師範魔術師ではあるが、現在は主に芸能の世界に身を置いている。
ニコラスは先日、大好評でなかなか取りにくい演奏会のチケットの入手を、イーウイアに依頼していたのだ。
「イーちゃんありがと。ダニエルのやつ、喜ぶだろうなぁ」
ニコラスは満面の笑みを浮かべ、目をキラキラさながら身をよじる。
イーウイアはそんなニコラスを、まるでキワモノを見るかのように目をすがめながら眺めている。
「ん?」
イーウイアの冷たい視線に気がついたニコラスが、不思議そうにイーウイアの方を見る。
「いやぁ、なんかね。あぁたみたいな変態でも、弟子は可愛いもんなんだなぁ~って感心してたのさ」
イーウイアは気持ち悪そうに眉根を寄せながら言った。
「せめて変人ぐらいの表現にしてくれないかなぁ~」
ニコラスは軽く頬を膨らませる。
「馴れ馴れしいイーちゃん呼ばわりをよしてくれたらね」
イーウイアは小首をかしげ、ニッコリと微笑む。
「ん~。じゃ、いいや、変態で」
ニコラスの返答に、イーウイアは「チッ」と舌打ちをした。
「そうそう、うちに新しいお弟子が入ったんだよ」
イーウイアは後れ毛を耳にかけながら言った。
「へ~、どんな子」
ニコラスはチケットを眺めながらきく。
「カトリーナっていう、お貴族さまのお姫さん」
イーウイアは頬に手をやり軽く小首をかしげた。
「へ~。イーちゃんが魔術の弟子をとるなんて、珍しいね」
ニコラスは相変わらずチケットを眺めている。
「そうなんだよ。お断りしようと思ったんだけどさぁ。やんごとないお方からのご命令だからって、泣きつかれちゃってねぇ」
そう言いながら、イーウイアは扇子を取り出し広げる。
「へー、そんなこともあるんだー」
ニコラスは相変わらずチケットを眺めたまま抑揚のない相槌をうった。
「なんでも、『このまま魔力の制御を学ばずにおれば、のちのち深刻な事態になる』とかなんとか言われちゃったらしいんだ」
イーウイアは扇子で口元を隠し、
「そこまで言うなら、ご自分でなんとかなさるべきだと思わないかい?」
と、嫌みっぽい流し目をニコラスに送る。
「ん~、その方もいろいろとご事情があるんだよ、きっと」
ニコラスはイーウイアの方を向いて、とぼけるような口調で言った。
「魔力の制御程度なら、ご自分で教えればいいのにねぇ」
イーウイアはニコラスの顔を斜め下から上目遣いに見上げる。
「カトリーナの質は風だからね。やっぱり入門するなら、その道のエキスパートに限るでしょ? 」
ニコラスはニッコリと笑う。
「もっとらしいこと言うじゃないか。身バレしたくないだけのくせにさ」
イーウイアは横を向き、吐き捨てるように言った。
「それよかさ、イーちゃん、あの娘、かなりいい感じでしょ? 」
ニコラスはニヤリとする。
「まぁね」
イーウイアは扇子を閉じ、
「あの娘なら、かなりいい線行くね」
そう言って、口元に笑みを浮かべた。
ニコラスは不意に居住まいを正すと、
「イーウイア先生。カトリーナのこと、よろしくお願いします」
と、ひどく真面目な声で頭を下げた。
「これは大きな貸しになるよ」
イーウイアは扇子でニコラスをポンと軽く叩く。
「うん。ありがと」
ニコラスは頷くと、ニカッと笑った。
イーウイアはそんなニコラスを眉根を寄せて凝らすように見ると、
「あんたって、さっぱり分かんない」
首をひねり、くるりと向きを変えてそのまま事務局から出ていった。




