ロジーナ、課題をだされる
ロジーナは帰宅すると、居間のソファーに座ってホッと一息ついた。
「今回はお咎めはなしになったわ」
そう言ってクレメンスが淹れてくれたお茶を一口飲む。
「そうか。良かったな」
クレメンスはロジーナの前に座りにっこりと微笑んだ。
ロジーナはクレメンスに、なぜ呼び出されたのかを話して聞かせた。
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「それは、なんとも微笑ましい騒動だったな」
クレメンスはロジーナの話が終わると、楽しそうに目を細めた。
「ええ。他の先生方も、微妙な顔をしてらっしゃったわ」
「そうか。で、お前の他にはどなたがいらしてたんだ?」
「グリンテル先生とイーウイア先生、あと、カルロス先輩」
「ほぉ、それはなかなか珍しい顔ぶれが揃ったな。さぞや面白かったことだろう 」
クレメンスは楽しそうに「フフフ」と笑った。
「ま、まあね……」
ロジーナは今日の出来事を思い浮かべ、引きつった笑みを浮かべる。
師範魔術師には個性的な人物が多いと分かってはいたが、カルロスはともかく、グリンテルとイーウイアは、ロジーナの想像のはるか斜め上をいく、自由な人達だった。
弟子のトラブルで呼び出されたのに、全く動じないどろころか楽しんでいる様子だった。
特にカメリアへ謝罪へ行ったときの顛末は、ほとんど喜劇だ。
関係ない人間が聞いたら、大笑いするだろう。
だが、ロジーナは当事者の一人だ。
アリアたちの手前、笑うに笑えなかったし、どうしていいのか戸惑うばかりだった。
「グリンテル先生やイーウイア先生の弟子と仲良くなるとは、アリアは大人物なのかもしれないな」
クレメンスは腕を組み、ニヤリとした。
「そんなに凄い先生方なの? 」
ロジーナは魔術師協会との関わりが少なく業界のことに疎い。師範魔術師にどんな人物がいるのか、あまり知らなかった。
「ああ。グリンテル先生の一門は、動物使いのなかでも、動物と意思の疎通ができるという特殊能力を持つ、希有な一門だ。イーウイア先生は、そうだな……」
クレメンスは何かを考えるかのように、視線をななめ上にし、
「一言でいえば、天才だ」
と、言った。
「天才?」
ロジーナは首をかしげた。
「うむ。彼女が本気で魔術に取り組んでいたならば、私のような凡人は到底敵わなかっただろう」
クレメンスは少し視線を落とした。
「え? あなたが敵わないなんて嘘でしょ?」
ロジーナは自分の耳を疑った。
クレメンスが自分のことを「凡人」と表現するだけでなく「到底敵わない」と完敗宣言をするなんて思いもよらなかった。
「嘘ではない。イーウイア先生は中魔に認定される前に、既に空を飛ぶことができた」
「え? 」
クレメンスの言葉にロジーナは驚きの声をあげた。
「もちろん、飛翔術を使わずにな」
飛翔術は中級魔術師にならないと教えてもらえない。それは、飛翔術を扱うのには大きな危険が伴うからだ。もちろん、飛翔術を習得するにはそれなりの知識と技術が必要だ。だから中級魔術師になっていない者は飛翔術を使えない。
しかし、飛翔術を使わずにどうやって飛ぶことができるのだろうか。
ロジーナには想像も出来なかった。
「初級レベルの術でも、複数の術を組合せれば飛ぶことは可能だ。彼女はそれを独学で編み出し、中魔合宿の時、まんまと合宿所から脱走した。当時、合宿所の上には結界は張られていなかったからな」
「脱走だなんて、ホント?」
「事実だ。当時、私も受講生の一人だったからな。朝から彼女が居なくなったと大騒ぎだった」
「……」
クレメンスからもたらされるとんでも情報に、ロジーナはあっけにとられていた。
自力で飛ぶ術を編み出すというのも驚きだったが、それを使って合宿所から脱走するなんて、とんでもないお転婆ぶりだ。
先ほどのあのイーウイアの様子からは想像も出来ない。
いや、思い返してみると、イーウイアは最初からなんとなく妙に面白がっている様子があった。
あの時は少々不思議に感じていたが、今、その理由がわかった。何しろ、イーウイア自身が前代未聞の前科者だったのだ。
「当時、彼女は『組み合わせるにはちょっとしたコツがいる』と、さも簡単そうに言ってはいたが、なかなかどうして、それらを組合せて実際に飛ぶには、かなり高度な技術と、深い理解が必要だ。残念ながら当時の私には無理だった。文字通り、手も足も出なかった。もちろん、今の私なら容易にできるがな。おそらく、お前もコツをつかめばできるだろう」
ロジーナは言葉も出ずに、ただクレメンスの話を聞いていた。
「彼女は初級魔術師の時点で、既に師範を優に超える実力をもっていたはずだ」
「……」
「あまりにもレベルが違いすぎて、悔しいという気持ちにも、妬ましいという気持ちにもならない」
クレメンスはそう言うと自嘲するかのように「フフフ」と笑った。
「……いろんな方がいるのね」
ロジーナはポツリと言った。
「ああ、上には上がいる」
クレメンスは少し諦めを含んだ笑みを浮かべた。
「ねぇ、クレメンス。そのイーウイア先生が飛んだっていう術、教えてくれない? 」
ロジーナの言葉にクレメンスはニヤリとした。
「よかろう。組合せに使う術は教えよう」
そう言って、静かな瞳でロジーナの顔をジッと見つめる。
「その先は課題、ということですね」
クレメンスはロジーナのこたえに、満足そうに「うむ」と肯いた。




