カメリアに謝罪にいく
「師匠。すみやせんでした」
リュークの声に合わせ、アリアたちは一斉に頭を下げた。
「おいおい、オレたちに謝ってどうすんだよ。謝るならカメリア先生にだろ? 」
怒鳴られると覚悟していたアリアたちは、カルロスの意外な反応に顔を上げた。
「そうよ、あぁた達。謝る相手を間違っちゃ、ダ・メ」
イーウイアが人差し指を立てて「ダメ」を強調するかのように優しい声で言う。その翡翠色の瞳には少し悪戯っぽい光が宿っている。
「さて、謝りに行くかのぉ~」
グリンテルがのんびりしたした声で言った。
アリアたちは首をひねりながら、師匠たちの後に続き、医務室へと向かった。
「カメリア先生。お加減はいかがですか? 」
イーウイアはカメリアの枕元にいくと、尋ねた。
カメリアはイーウイアの舞台化粧な顔をみて、一瞬ギョッとした表情を浮かべたが、すぐに気をとりなおしたらしく、
「ええ。お蔭様で……」
と、こたえた。カメリアの顔色は悪くはない。
「この度は、弟子たちが大変な粗相をいたしまして、誠に申し訳ございません」
イーウイアは優しく真摯な口調でそう言うと、恭しく頭を下げた。髪に挿された何本もの簪がシャラシャラと音を立てる。
「いいえ。私も少し驚きすぎてしまって、お恥ずかしい限りですわ」
カメリアは微笑みながら首を左右にふり、少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「いえいえ、とんでもございません。ホントに魔術師ときたら、野蛮な者たちばかりで……。これに懲りずに、引き続きよろしくご指導のほど、お願い申し上げます」
イーウイアは少し芝居かがった口調で言うと、居並ぶ弟子たちに視線を移す。
「ほら、あぁた達、一人ずつ来て謝りなさい」
そう言って、「こっちにこい」というように指をくいっと動かした。
「すみやせんでした」
リュークはカメリアの枕元に立つと、バッと直角にお辞儀をした。
カメリアはニッコリと微笑む。
「申し訳ございませんでした」
リュークと場所を入れ替わったカトリーナは授業で教わった通りの優雅なお辞儀をする。
カメリアは頷くようにニッコリと微笑む。
「すみませんでした」
アリアもぺこりとお辞儀をする。
カメリアは微笑む。
「ごめんなさい」
サーナもぺこりとお辞儀をする。
頷くようにサーナを見たカメリアの目が見開かれた。
「ヒィ」
カメリアは声にならない悲鳴をあげると、のけ反るように後ろに倒れこむ。
とっさにそばに控えていたジョンがカメリアを支える。
いつの間にかサーナのすぐ後ろに熊のベティがいた。
「こりゃベティ」
グリンテルが慌てた様子でベティを廊下へ連れだした。
「あーあ、グリンテル先生、やっちゃった……」
イーウイアは困り顔をしてみせてはいたが、その声色はどこか楽しそうだ。
アリアたちはカルロスに促され、そそくさと医務室を出た。
「すまんのぉ~」
グリンテルが廊下から医務室内に顔だけのぞかせて謝った。
「驚いただけのようですから、大丈夫ですよ」
カメリアを寝かせると、ジョンはグリンテルの方を向いた。
「僕が上手く言い繕っておきますから」
そう言って微笑む。
「じゃがのぉ~」
「ご心配には及びません。僕はトラブルには慣れてますから」
「ま、確かに慣れてるわね」
イーウイアはニヤリとし、
「じゃ、よろしくね。ジョン先生」
そう言って医務室から出た。
「グリンテル先生。とりあえずベティちゃんを……」
廊下に出たイーウイアは、熊にちらりと目をやった。
「そうじゃった。ほれ、ベティ、ミーア、帰るぞ」
グリンテルはベティとミーアが近くに来るやいなや、パッと姿を消した。
「さてと、あぁた達、もう遅いから、部屋に帰って休みなさい」
なかば呆然としていたアリアたちだったが、イーウイアにそう言われ、ハッとしたように頷いた。
「おい、おめーたち。しっかり勉強すんだぞ」
カルロスはそう言いながらリュークの背中をバシッと叩く。
「へいっ」
リュークは元気よく返事をする。
イーウイアはその様子みて微笑むと、「おやすみなさい」と言った。
弟子たちも口々に挨拶をし、部屋へ帰っていった。
「一件落着だな」
弟子たちの姿を見送り、カルロスは軽く息をついた。
「では、お開きといたしましょうか」
イーウイアはカルロスとロジーナの顔を交互に見ながら、つややかな笑みを浮かべた。
二人は頷く。
「おぅロジーナ、師匠によろしくな」
カルロスはそう言って、ロジーナの肩をバシッと叩く。
ロジーナはなんとか踏ん張って衝撃に耐えた。
「あら、そうでしたわね。ロジーナ先生、クレメンス先生によろしく」
イーウイアが扇子を口元にやり、ロジーナに流し目を送る。
ロジーナはその少し芝居がかった独特な風情に気圧されながらも「はい」と返事をした。
「では、お先に。ご機嫌よう」
イーウイアはそう言うと扇をひろげ、ゆっくりとひと振りした。
風が巻き起こり、イーウイアの姿はその風の中に消える。
後にはその余韻のような小さな風の渦が残っていたが、それもすぐに消えた。
「さすがイーウイア先生。消え方もかっけーな」
カルロスが感心したようにつぶやくと、ロジーナの方を向き、
「じゃな。ロジーナ」
そう言って姿を消した。
ロジーナはホッと息をつくと、自身も術を行使し帰宅した。




