師匠たち、呼び出される
ロジーナがドアを開けると、既に兄弟子のカルロスが来ていた。
「よっ」
カルロスはいつもよりだいぶ小さな声で、ロジーナに向かって手をあげた。
「先輩も呼び出しですか」
「まあな」
ロジーナはカルロスの隣に座る。
「アリアは何をしでかしたんでしょうか? 」
「さあなぁ」
カルロスは首をかしげながら腕を組む。
「はぁぁ」
ロジーナは盛大なため息をつく。
「おいおい。まだ状況もわからなねぇのに、今から落ち込んでどうすんだよ。少しは弟子を信じてやれよ」
カルロスはロジーナを横目で見ながら言った。
「先輩んとこはそうでしょうけど、うちは2度目なんですよ」
ロジーナは再度大きなため息をつく。
トントン
ノックとともに部屋のドアが開いた。
「遅くなって、ごめんなさいまし」
派手な衣装に身を包んだ女性が入ってきた。高く結い上げた髪に挿された簪が、動く度ににシャラシャラと音を鳴らす。
女性は会釈をするとロジーナの隣に座った。
「こんな姿でごめんあそばせ。公演中でございましたのよ」
舞台化粧な顔でニッコリと微笑む。化粧が派手すぎて年齢どころか地顔もよく判らない。
ロジーナはなんとか笑顔を作り、会釈をした。
「あら、カルロス先生も、またお呼びだし?」
女性は扇子をパサッと開く。
「イーウイア先生ほどじゃねーっすよ」
カルロスは腕を組んだままチラリとイーウイアをみた。
「あらやだ。あたしは弟子のことで呼び出されたことは初めてよ」
イーウイアは「心外だ」という様子でそう言ったが、扇子で口元を隠すと、
「今年はなにがあったのか楽しみね」
と、さも楽しそうに翡翠色の瞳を輝かせた。
「まぁ、合宿トラブルは毎年のことっすからね」
カルロスはそう言うと正面に視線を戻す。
ロジーナはそんな二人の会話を引きつりながら聞いていた。
「はい。みなさんこんばんは」
長い白髪をなびかせて、小柄な老人が入ってきた。年齢は70代くらいだろうか。貫頭衣のような服を着て、足は裸足だ。
「あら、グリンテル先生。出てこられましたの? 」
グリンテルはイーウイアの問いにこたえずに、くるりと向きを変えると、廊下へ出て行った。
「ベティ。そっちへ行ってはいか~ん」
廊下からグリンテルの大声が聞こえる。
「先生っ。熊は困ります。熊は」
廊下から慌てた様子の声が聞こえてくる。
「すまんっ。こりゃベティ、こっちへ来んか」
先ほどまでは静かだった廊下から、ざわめきが聞こえてくる。
「みなさん危ないですから廊下に出ないで下さい。ドアも開けない。はいそこ、閉めて」
「ベティっ」
「みなさん、落ち着いてください。大丈夫です。身元の分かってる熊ですから」
他の職員らしき声も聞こえてくる。
「グリンテル先生の方がよっぽどトラブルですわね。ねぇ? ロジーナ先生」
扇子をパサパサあおぐイーウイアに同意を求められ、ロジーナはあいまいな笑みを浮かべた。
「こっちじゃこっち。そうじゃ、よしよし」
グリンテルは熊を引き連れて戻ってきた。
続いて職員らしき人が入ってくる。職員の顔は心なしか引きつっていた。
「ベティ。よいか。大人しくしておるのじゃぞ」
ベティと呼ばれた熊は、部屋のすみへいくと、壁に寄りかかって座った。
グリンテルは何かを唱えるように口を動かしながら、ベティの目の前で手をゆっくりと動かす。
ベティはうつらうつらと目を閉じた。どうやら眠ったようだ。
「いやぁ、すまんのぅ」
グリンテルはそう言いながらイーウイアの隣に座った。
*****
アリアと同室のサーナが連れてきたネコがネズミを咥えて廊下を走っていたところに、リュークが遭遇し、驚いたネコが落としたネズミの死骸をリュークが拾いあげ、ネコを追いかけてきたアリア、カトリーナが騒いでいることころにカメリアがやって来て、ネズミの死骸をみたカメリアが失神した。
職員が話を終えた後、室内はしばらく静かになった。
「ネズミの死……ぶっ」
カルロスは下を向き、肩を震わせている。
ロジーナがチラリと目をやると、イーウイアは扇子で顔を隠しているし、グリンテルは口をぽかんと開けている。
ロジーナは頭を抱えたくなった。
「うえっほん。で、カメリア先生のご容態は? 」
「今は意識を取り戻され、落ち着いてらっしゃるそうです」
咳払いをしたグリンテルの問いに職員はそうこたえた。
「カメリア女史にはわりぃーが、誰も悪くねぇーんじゃねーか? 」
笑い終わったのか、カルロスが首をポリポリ掻きながら言った。
「ですわよねぇ。ネコがネズミをとるなんて、太古の昔からの習性でございますでしょ? 」
イーウイアも扇子でこめかみをつつきながらカルロスの意見に賛同する。
「う~む。強いて言えば、原因はうちのサーナじゃが、動物の持ち込みについては明記されておらんしのぉ」
グリンテルも賛同のようだ。
ロジーナはどうしていいかわからずに、左右に座る師範たちの顔をキョロキョロみるしかできなかった。
「とはいえ、カメリア女史には謝罪しねーとだな」
カルロスが腕を組みながらつぶやくように言った。
「そうじゃな」
「ですわね」
「ですね」
ロジーナもほかの師範とともにうなずいた。
「では、こういうのはどうかしら? カメリア女史には謝罪をして、今後の動物の持ち込みについては協会の方で検討してもらう。いかが?」
イーウイアの意見に皆がうなずく。
「決まりだな。理事会の議題にあげといてくれ」
「承知いたしました。では受講生たちを連れてまいりますので、少々お待ちください」
職員はそういって立ち上がると退出していった。
「あのぉ、先輩。お咎めなしってことでいいんですか? 」
ロジーナはおそるおそる尋ねた。
「おうよ」
カルロスはそう返事をすると、大きく伸びをした。
「それにしてもネズミの死骸ごときで気絶なさるなんて、カメリア女史もずいぶんとお可愛らしいわねぇ」
イーウイアがクスクスしながら言った。
「お嬢さん育ちだから、仕方ねーんじゃないっすか」
カルロスが伸びをしながらこたえる。
「あら、うちのカトリーナはお貴族さまだけど、ネズミどころか魔獣をみると嬉々として縊り殺しに行くわよ」
イーウイアが扇子を閉じ、首にトントンと当てながら言った。
「そこがあれ、一般人との違いってことっすよ」
「あら、それじゃまるであたしたちが特殊な生き物みたいじゃないか」
「え? 特殊が服着て歩いてるんじゃなかったんすか?」
カルロスがすかさずつっこみを入れる。
「まぁ、否定はしませんけど」
イーウイアは再び扇子を開くとあおぎはじめる。
「まさに珍獣じゃな」
グリンテルが腕を組み、楽しそうに言う。
「あら、みなさん、いかがいたしましょう? 動物使いの第一人者から、珍獣のお墨付きをいただいちゃいましたわよ、あたしたち」
イーウイアはそう言うと「ほほほ」と笑い出した。
「珍獣か。違いねぇ」
カルロスも「ガハハ」と笑う。
グリンテルも「ほおっほっほっ」と楽しそうだ。
ロジーナは引きつった笑みを浮かべるしかなかった




