アリア、ジョンに呼びとめられる
2日目の最後は礼儀作法の講義だった。
アリアとサーナはカトリーナのお蔭で、無事に礼儀作法のテストをクリアすることができた。
「カトリーナちゃん、ありがとね」
講義が終わった後、アリアとサーナはカトリーナにお礼を述べた。
「いいえ。お互い様ですわ」
カトリーナはニッコリしたが、
「この後、食堂で一緒にお勉強しません? あたくし、法規も簿記もチンプンカンプンですの」
と、少し困ったような笑みを浮かべた。
「あ、私も全然分からな~い」
アリアに異存はなかった。
「私も半分くらいしか分かりません」
サーナは少し小首をかしげながら言った。
「半分わかれば御の字ですわよ」
カトリーナが飛びつくように言う。アリアも「うんうん」と頷いた。
「じゃ、さっそく食堂に参りましょう」
カトリーナはスッと立ち上がると、出口へと向かった。サーナは少し慌てた様子で後に続く。
「あ、私、トイレ寄ってから行くね」
アリアは二人の後ろ姿にそう声をかけた。
*************
アリアはトイレから出ると、早足で講義棟の出口へと向かっていた。
食堂ではカトリーナとサーナが待っているはずだ。
と、前方からジョン医師がこちらへ向かってやって来るのに気が付いた。
アリアは立ち止まって会釈した。
「アリアさん、でしたね」
話しかけられ、アリアは顔を上げた。
「確か、ロジーナ先生のお弟子さん」
「はい」
ジョンの問いにアリアは肯いた。
「父がいつもお世話になっております」
ジョンはアリアに向かってペコリとお辞儀をする。
「? 」
アリアは意味が分からずにキョトンとした。
そんなアリアの様子を見て、ジョンは微笑んだ。
「僕はニコラスの息子です」
「?? 」
どこかで聞いたような名前のような気がしなくもなかったが、アリアは首をかしげた。
「灰色の道化師……」
ジョンの言葉にアリアは必死に記憶をたぐり寄せる。
灰色の道化師ニコラス。
いつも色あせたよれよれのローブに身を包み、ちょくちょくクレメンスの館に押しかけては、台所を荒らし、お土産と称して色々なモノを持ち去ってく変人師範魔術師。そして、なぜかいつもアリアのニオイをかぐ不審者。
アリアの脳裏にボサボサ頭のニタァっとした顔が浮かんだ。
「えええええ」
アリアは思わず声をあげ、後ろに半歩後退した。
ニコラスの気味の悪い笑みと、目の前のジョンの品のある微笑みとが全く結びつかなかった。
「僕、父に全然似てないでしょ?」
「はい。あ……」
思わず即答してしまい、アリアは慌てて口元を抑えた。
「似てなくて当然です。僕は母の連れ子なんです。だから魔力もほとんどない」
ジョンは証拠を示すように両手を開いてみせた。
確かに魔力の気配の欠片すら感じない。
「……」
アリアは気まずくなり俯いた。
「あ、気にしないで。みんな知ってるから」
「……」
そんなことを言われても、アリアにはどう反応していいのか分からなかった。
「僕は魔術師にはなれないんで、医術の方に進みました」
アリアは顔を上げた。
カラリとした顔のジョンと目が合う。
アリアはとりあえず何かを言わなければと思った。
「お医者様だなんてすごいです」
「興味のあることを突き詰めていたら、いつの間にか医師になってました。そういうトコは父に似たのかも知れませんね」
ジョンはそう言うとニッコリ笑った。
「余計なおしゃべりをしてしまいました。アリアさん、父はそちらにかなりご迷惑をかけているでしょ?」
「え? いや……」
アリアにとってニコラスの来訪は、いつも迷惑以外の何ものでもない。
アリアは慎重に言葉を選ぼうとしたが、どう返答してたらいいのか思いつかずに曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
「父はああ見えて甘えん坊さんなんです。僕が言うのもおかしいですが、大目にみてあげてくださいね」
ジョンはそう言うと片目をつぶった。
アリアの顔が固まる。
アリアは、ニコラスと「甘えん坊さん」という言葉に混乱していた。
どこをどう解釈したら、あの気味の悪い変なおじさんが「甘えん坊さん」になるのだろうか。そもそも、いい年した中年男性、しかも血がつながってないとはいえ、まがりなりにも自分の父親を、「甘えん坊さん」だなんて表現できるものなのだろうか。
ブーブブ、ブーブブ
突然、ジョンの白衣のポケットが鳴り出した。
ジョンはさっとポケットから点滅する魔性石を取り出すと、ぐっと握った。
音が止まる。
「すみません。呼び出しです。ではアリアさん。クレメンス先生やロジーナ先生によろしくお伝え下さい」
ジョンは会釈をすると方向転換をし、小走りで廊下の奥へと消えていった。
アリアはそれを呆然と眺めていた。
アリアにとって、ジョンはニコラス以上に摩訶不思議な謎の人物となった。




