カトリーナ、過去の出来事を話す
登場人物紹介(追加)
センティス・・・ラングライト侯爵。カトリーナの父親。
ゼルストラン公・・・王族。現国王の叔父。先王の末の弟。
「ねぇねぇ、カトリーナちゃんはご両親をどうやって説得したの? 」
アリアは伯母夫婦を説得した時のことを思い出していた。
アリアは約半年間、ほぼ毎日のように魔術に対する熱い思いを語り、なんとか説得した。
一般市民の伯母夫婦ですら、説得に半年も要したのだ。ましてや貴族、その中でも身分の高いカトリーナの親の説得がどれだけ大変なことなのかは、アリアにもちょっとは想像ができた。
「あたくしが説得したわけじゃありませんのよ」
「え? そうなの? 」
意外にあっさりしたカトリーナの返答に、アリアは目を丸くした。
「あたくしが魔術の訓練に通えるようになったのは、あるお方のお蔭ですの」
カトリーナは語り出した。
***********
それは約7年前。正月での出来事だった。
カトリーナは両親に連れられて宮中に来ていた。
国王陛下に拝謁するためだ。
カトリーナの父・センティスは王族でこそなかったが、国王に直答を許されるほどの家柄であった。
10歳になったカトリーナは、その年、初めて国王陛下に拝謁することになった。
拝謁の順番がまわってくるまで、カトリーナは両親とともに控えの間のひとつで待機していた。
その部屋には他の親類たちも同様に待機していた。顔見知りだらけの室内では、大人たちが談笑してる。
しかし、ここは宮中。年頭のとても大事な儀式の最中だ。みな、古式慣例に則った正装に身を包み、どことなく張りつめた空気がただよっていた。子供たちも椅子に腰かけ、お行儀よく静かに待っている。
カトリーナもいとこたちに倣い、椅子に腰かけじっとしていた。
が、しだいに退屈してきた。
カトリーナは部屋の中を見回す。
部屋に飾られた立派な生け花が目にとまった。
カトリーナはその中の葉っぱの一枚に意識を集中させる。
しばらくすると、風もないのに葉が揺れた。
大成功。
カトリーナは心の中でニヤリとした。
今までカトリーナは手に触れそうなくらいすぐ近くにあるモノしか動かしたことがなかった。小さな葉っぱとはいえ、こんなに距離があるモノを動かしたことはない。
カトリーナはこっそり周囲の状況を確認する。
誰も気がついていないようだ。
すぐ近くでおしゃべりをしている両親も全く気がついていない。
当然といえば当然だった。カトリーナのこの能力は、今のところカトリーナしか知らない。
カトリーナが自分の能力に気がついたのは1年ほど前。
家のお抱えの上級魔術師がモノを動かすところを見たカトリーナは、興味を覚えて自室でこっそり真似してみたのだ。
紙に手をかざして意識を集中すると、紙がフワリとなびいた。
それ以来、カトリーナはこっそりとその力を練習するようになった。
今ではすぐ手元にあれば、櫛くらいは動かせるようになっていた。
もっと大きい葉を試してみよう。
調子にのったカトリーナは、一番大きな葉に意識を集中した。
不意に周囲がざわついた。
ハッとしたカトリーナが隣をみると、母が慌てた様子で立ち上がるところだった。
カトリーナもつられて立ち上がると、部屋の入り口に目をやった。
黒髪の男性が悠然と入ってくるところだった。
男性は王族の証のである濃紫の衣を纏っている。
部屋は緊張に包まれた。
男性は、周囲の者には目もくれず真っ直ぐこちらに向かってやってくると、カトリーナの目の前に立った。
男性はじっとカトリーナを見つめる。
「ゼルストラン公?」
センティスが声をかけたが、その男性——ゼルストラン公は呼びかけには応えず、屈んでカトリーナと目を合わせた。
灰色の瞳がカトリーナを射貫く。
「そなた、今、使おたな? 」
カトリーナは息をのんだ。
カトリーナは、ゼルストラン公が何のことを言っているのかすぐに判った。と同時に、先ほどまでカトリーナの近くどころか室内にすらいなかったゼルストラン公が、なぜカトリーナが力を使ったことを知っているのかと、少し怖ろしく感じた。
「この者は? 」
ゼルストラン公は立ち上がるとセンティスの方を見る。
「私の娘・カトリーナでございます」
センティスは畏まってこたえた。
ゼルストラン公はカトリーナにチラリと目をやると、センティスの顔を真っ直ぐに見る。
「この者に魔術の訓練をさせよ」
「は? 私は娘を魔術師にさせるつもりは……」
センティスは驚き、慌てた様子をみせた。
「魔術師にせよとは申してはおらぬ。この者は素質がありすぎる」
「素質?」
センティスは不思議そうに首をかしげた。
「このまま魔力の制御を学ばずにおれば、のちのち深刻な事態になる」
「……」
センティスは戸惑いをあらわにカトリーナのほうを向いた。
ゼルストラン公は再び屈むと、真正面からカトリーナをじっと見る。
カトリーナはゴクリと唾をのみこんだ。
異様な気配がゼルストラン公から漂ってくる。その気配は、お抱えの魔術師が魔術を行使するときの気配と少し似ていたが、それとは比べものにならないほどの密度の濃い気配だ。
カトリーナの背中を冷たい汗が流れる。
ゼルストラン公は、何かを確認するかのように、カトリーナに顔を近づけてきた。カトリーナは身じろぎもできずに、身体を硬直させる。
「風だ」
ゼルストラン公はカトリーナから顔を離すと立ち上がった。
「風を操る師範魔術師の元に入門させよ」
センティスに向ってそう命じた。
「よいな」
ゼルストラン公は念を押すと、くるりと向きを変え、部屋から出て行った。
その年、カトリーナは師範魔術師・イーウイアのもとに入門することになった。
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「じゃあ、そのゼルストラン公様がカトリーナちゃんの魔力に気がつかなかったら、カトリーナちゃんは魔術師になってなかったかもしれないのね」
「ええ。もし殿下がお命じにならなかったら、魔術の道に進むことは絶対になかったはずですわ。父は今でも反対していて、中魔試験のお許しが出るのにも、2年ちかくかかってしまいましたの」
カトリーナは軽くため息をついた。
「大変だったのね」
アリアはカトリーナの苦労を想像し、沈んだ声になった。
「ええ。姐さんがお忙しいなか、何度も何度も説得にみえられて、やっと……。上魔試験もきっと大変だわ……」
カトリーナはやるせなさそうに下を向いた。
「カトリーナちゃん。ゼルストラン公様ってどんな方なんですか? 」
サーナが暗い雰囲気を吹き飛ばすように尋ねた。
「先王の末の弟君であらせられるのよ。とても素敵な方。スラリとしてらして、端整なお顔立ちで、透き通った高らかなお声で……」
カトリーナはうっとりと遠くをみるように視線をあげた。
「謎の多いお方ですのよ。めったに人前にお出ましになられなくて……。宮中の行事も重要な儀式以外は全てご欠席。晩餐会にもいらっしゃったことがないの」
「すてき~」
アリアとサーナは同時に言った。
身分が高く、見た目も良く、ミステリアス。
そんな物語のなかのような貴公子が実際に存在するのだ。
雲の上の世界の話とはいえ、そんな夢みたいな話にアリアはうっとりした。
「一度、きちんとご報告して、お礼を申し上げたいとは思っているのですけど、なかなかその機会がなくて……」
カトリーナは悲しそうにうつむいた。
「大丈夫です。殿下はカトリーナちゃんが魔術の修行を頑張ってることをご存知です」
「そうかしら……」
サーナの言葉にカトリーナは顔をあげた。
「はい。だって、カトリーナちゃんが魔力を使ったことに、遠くから気がついた方です」
サーナはニコッと笑った。
「私もそう思う。きっと殿下はカトリーナちゃんを遠くから見守ってくださってるんじゃないかな」
アリアはカトリーナに向かって微笑む。
「そうね。ええ、きっとそうね」
カトリーナはニッコリと頷いた。




