アリア、礼儀作法に悩む
礼儀作法の講義が終わり、カメリアとその助手が退出した。
「明日テストなんて無理~」
アリアは机に突っ伏した。
「カメリア先生、恐かったです。私、絶対に補講になると思います」
サーナが暗い声で言った。
明日の講義で、さっそく今日習った立ち居振る舞いのテストがあるのだ。
テストに合格しなかった場合、明日の夕食の後に補講を受けなければならない。
アリアもサーナも、生まれてこのかた行儀作法をきちんと学んだことがなかった。
先ほどの礼儀作法講義で、二人はとくにお辞儀に苦戦した。
サーナなどは、動こうとする度にカメリアにダメだし
をされ、最終的には動けなくなってしまったくらいだ。
「カトリーナちゃんは余裕だよね。羨ましい」
アリアは先ほどのカトリーナの様子を思い出して言った。
カトリーナは優雅にお辞儀をして、カメリアに褒められ、お手本にされていたのだ。
「あたくし、礼儀作法苦手でしてよ」
「え?」
アリアとサーナは同時に首をかしげた。
先ほどの授業でのカトリーナは完璧だった。
苦手な様子など微塵もなかった。
「うちにいらしていた礼法の先生。とっても厳しくて……。それに比べたら、カメリア先生は天使みたいにお優しいわよ」
「カメリア先生、全然優しくないです」
サーナはちょっと頬を膨らませた。
「確かに、カメリア先生はガミガミうるさいですけど、口だけで手は出てきませんでしょ? あたくし、鞭で叩かれましたのよ」
カトリーナは眉間にしわをよせた。
「ムチって、あのピシーってやつ?」
アリアの問いに、カトリーナはうなずいた。
「痛そう……」
サーナがつぶやく。
「軽いトラウマですわ」
カトリーナは視線をナナメ下に落とす。
「カトリーナちゃん、行儀作法、頑張ったんだね」
アリアはそんなカトリーナを慰めるように言った。
「いいえ。全然」
カトリーナは大きく首を左右に振った。
「え?」
アリアはキョトンと首をかしげた。
「姐さんにコツを教えていただきましたの」
「ねえさん? カトリーナちゃんってお姉さんがいるんですか? 」
尋ねたサーナに向かって、カトリーナは「いいえ」と、首をふった。
「あたくしのお師匠様、イーウイア先生のことですわ。姐さんは、『師匠』ってお呼びしてもお返事してくださいませんの。『先生』って呼ばれるのもお嫌みたい」
「??」
アリアとサーナは同時に首をかしげた。
基本、魔術師は師範魔術師にならないと「先生」や「師匠」と呼ばれることはない。
師範魔術師は、魔術師の中でも特に優れた者しか認定されない。
魔術師なら誰でも、いつか師範に認定されたいと思っている。
そう、師範魔術師に認定され、周りから「先生」とか「師匠」とか呼ばれるのは、とても名誉なことなのだ。
それなのに「師匠」どころか、「先生」と呼ばれるのを嫌がる師範がいるなんて想像もできなかった。
「魔術師は小遣い稼ぎでやってる副業だから、師匠だなんて呼ばれると、本職の先生方に申し訳がたたないっておっしゃってて」
「へぇ……」
アリアはカトリーナの言葉がよくのみこめなかった。
副業で魔術師をやっている、というのは理解できる。
わりと兼業魔術師はいるからだ。
しかし、師範魔術師なのに副業というのがよくわからない。
副業感覚で師範魔術師に認定されるというのも想像できなかったし、せっかくそこまで極めているのに副業だなんて、アリアは不思議でならなかった。
「謙虚な方なんですね」
サーナは目をキラキラさせている。
「ええ。筋の1本通った、気っぷのいい素敵な方でしてよ」
カトリーナは嬉しそうに微笑んだ。




