アリア、研修所に行く
ロジーナはアリアを連れて、「魔術師協会研修所」に来ていた。
中級魔術師試験に合格したアリアは、今日から数日間、ここで研修合宿を行う。
この研修が無事に終われば、アリアは正式に中級魔術師に認定される。
受付には他の受講生とその師匠たちが並んでいた。
ロジーナとアリアもその列に並んだ。
アリアはさっきから落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回している。
ロジーナはそんなアリアを眺めながら、ため息をついた。
アリアは研修合宿の日が近づくにつれ、そわそわしだした。
昨日はあまりにも落ち着きがなかったので実技の訓練をお休みするしかなかったほどだ。
アリアは実技試験では高得点をマークしていたが、筆記試験はボーダーラインすれすれだった。
中級魔術師研修は座学中心だ。
最終日には簡単な確認テストもある。
真面目に講義を聴いていれば解けるくらいのテストではあるが、アリアは果たしてきちんと講義に集中出来るのだろうか。
それに、もう一つ不安材料があった。
アリアは以前、初級魔術師研修でトラブルを起こした。
初級魔術師研修は1日だが、今回は数日間の合宿となる。
他の受講生とトラブルを起こさずに終えることができるのか。
ロジーナは不安でならなかった。
アリアはそんなロジーナの心配を余所に、さっきから人がやってくる度に、その姿を確認するかのように伸び上がる。
「アリア。少し落ち着きなさいよ。みっともないでしょ」
あまりの落ち着きのなさに、ロジーナはアリアを叱責する。
「はい」
アリアは神妙に返事をしたが、すぐにキョロキョロしはじめる。
ロジーナは大きなため息をついた。
「あっ。サーナちゃん」
アリアが列からはみ出て、大きく手を降った。
ロジーナは、今にも飛び出していきそうなアリアの腕を掴んだ。
「アリアちゃ~ん」
大きな荷物を抱えた三つ編みの少女がこちらに向かってやってくる。
少女はロジーナとアリアのところにくると、荷物を床に置いた。
少女はアリアよりも少し年下だろうか。
子うさぎのような、少し赤みを帯びたつぶらな瞳が印象的だ。
「お師匠さま。サーナちゃん」
アリアの紹介にサーナはロジーナの方を向いた。
「はじめまして、グリンテルの弟子のサーナです」
ペコリとお辞儀する。
「はじめまして。私はロジーナ。アリアから話しはきいているわ。よろしくね」
ロジーナはサーナにニッコリと微笑んだ。
「サーナちゃん、一人で来たの?」
アリアが不思議そうに首をかしげた。
「うん。うちのお師さん、冬以外は森から出られないから」
「冬?」
今度はロジーナが首をかしげた。
「はい。ベティちゃんが冬眠してる間しか、人里に出てこられないんです」
「??」
ロジーナはサーナの言っていることが理解できず、眉間にしわをよせた。
「前にお師さんが、ご用時で街に出たときに、ベティちゃんがついてきちゃって、大騒ぎになったんです」
「えっと……。ベティちゃんって何者?」
ロジーナはおそるおそる尋ねた。
「あっ。ベティちゃんは熊さんです」
「クマ? クマって、あの山とかに出る? 」
「はい」
ニッコリと肯くサーナにロジーナの顔が引きつった。
「とっても優しくていいコなんですよ。でも、みんな怖がるから……」
サーナはちょっぴり悲しそうに視線を落とした。
「そ、そうなのね……。それは出てこられないわね」
ロジーナは動揺を隠そうと頑張ってはみたが、最後の方は棒読みになってしまった。
「サーナちゃん。手続きは一人で大丈夫?」
気を取り直したロジーナは、サーナに尋ねた。
「はい。多分大丈夫です。試験の手続きもやりましたから」
サーナはニッコリと笑った。
「そう。エラいわね」
ロジーナはサーナに微笑みかけると、アリアの方を向く。
「アリア、あんた少しはサーナちゃんを見習いなさいよ」
そう言って、アリアの額を指ではじいた。
「お師匠さま、痛いですぅぅ」
アリアは額をおさえて、情けない声を出す。
「サーナちゃん。アリアをよろしく頼むわね。この娘ったら、ホント、危なっかしいのよ」
サーナはクスクス笑う。
「お師匠さま、ひどいですぅ」
アリアは抗議の声をあげたが、サーナと目が合うとクスクス笑い出した。
ロジーナはそんな二人の様子をニコニコと眺めていた。
***************
研修合宿前日。
夕食を食べ終わったロジーナは、お茶を一口飲むと、大きなため息をつく。
「アリア、あんなんで大丈夫なのかしら……」
食器を持って台所へと向かうアリアを横目で見ながら言った。
「ん?」
クレメンスはロジーナを見る。
「ほんと、落ち着きなくて困っちゃう」
ロジーナはため息まじりでぼやいた。
明日からアリアは中級魔術師認定に必須な研修合宿をひかえている。
ロジーナはアリアから、試験の時に友達ができたという話を聞いていたので、アリアがそわそわする気持ちも分からなくはなかったが、それを差し引いても、アリアの落ち着きのなさはひどかった。
今日は実技の訓練中にも心ここにあらずという状態だっので、仕方なく中止したくらいなのだ。
「そんなに心配するほどのことでもないだろ? 講師の先生方は熱心で面倒見の良い方々だ」
「それはそうでしょうけど……」
ロジーナは不安げに視線を落とす。
「案ずるな。彼らは魔術師ではないが、業界のことはよくご存じだ。トラブルにも慣れていらっしゃる」
クレメンスはそう言うと、スッと視線を逸らし、口元をほんのわずかに緩ませた。
ロジーナはその仕草を見逃さなかった。
「え? なに? なに今の? 」
「ん? 」
クレメンスは首かしげる。
「今なんか含みのある笑いしなかった? 」
「そうか? 」
素知らぬ顔をするクレメンスに、ロジーナは疑惑の眼差しを向ける。
「したわよね? 」
「気のせいだろ」
クレメンスはしれっとした顔でそう言うと、何事もなかったかのように行ってしまった。
「絶対した」
ロジーナはそう言うと頬を膨らませた。




