その後
ロジーナは、試験を控えたアリアをある場所に誘った。
そこは廃村となった集落の墓所だった。
他の墓に比べて新しい墓標の前でロジーナは立ち止まった。
アリアは首をかしげた。
なぜこんなところに連れてこられたのだろうか。
アリアにはロジーナの意図が全くわからなかった。
「カールさんのお墓よ」
ロジーナは静かな声で言った。
「カール?」
キョトンとしたアリアだったが、聞き覚えのある名前に懸命に記憶をたぐり寄せる。
アリアは背筋がスーッと冷え、肌が粟立つのを感じた。
あの時のことを思い出したからだ。
初めての魔物退治の時の出来事。
あの怖ろしい感覚は、だいぶ経った今でも身体が覚えていた。
「思い出した?」
アリアは目を見開いてロジーナの顔を見つめた。
ロジーナが、なぜ今頃になってあの時のことを蒸し返すのか、アリアには分からなかった。
「私はあの時、大きなミスをした」
ロジーナは墓標を見つめながら言った。
「お師匠様にはなんの落ち度もないって……」
アリアはそう聞いていた。
あの後、アリアはあの事故について訊こうとした。
しかし、なぜだかロジーナには訊くことが出来なかった。
そして、クレメンスにも……。
だからアリアはルーカスに訊いたのだ。
ルーカスは、ロジーナには落ち度はなかったと言っていた。
あの時点で、あの魔物の存在は魔術師協会でも認識していなかった。
あの洞窟に、あのような危険が潜んでいるとは誰も知らなかった。
しかも、あの魔物はそうとうな魔力をもっていた。
普通のパーティーなら全滅していた。
犠牲者はでてしまったが、師範魔術師であるロジーナがいたからこそ、アリアとジャックは無事だったのだ。
もちろん、魔物はしっかりと再封印をされたので、この先、脅威になることはない。
ルーカスの言葉にアリアは安堵し、そしてあの事故の記憶は薄れていった。
「いいえ、アリア。私は大変な過ちを犯してしまったの」
深刻な様子のロジーナの顔を、アリアはまじまじと見つめた。
「私はカールさんに、故意に防御魔法をかけなかった」
「でもそれは……」
アリアは反論しようとした。
カールはロジーナをバカにしてた。
ロジーナの実力を信じていなかった。
だから、きっと防御魔法を拒否したに違いない。
「いいえ。たとえ抵抗されてもかけるべきだったし、相手に気がつかれずにかけることも出来た」
アリアは黙ってうつむいた。
確かにロジーナなら、相手に気づかれずに魔法をかけることは可能どころか朝飯前だったはずだ。
「『プロはどんな気に食わないヤツが相手でも、粛々と任務を遂行するもの』。あなたにエラそうに指導したけど、私自身、それが出来ていなかった」
「でも……」
防御魔法をかけていたとしても結果は変わらなかった、とアリアは言おうした。
「変わらなかったかもしれない。でも、最悪のケースを免れた可能性もあったはずよ」
ロジーナの言葉にアリアはうつむいた。
確かに命が助かった可能性が無かったとは言い切れない。
「結果がどうであれ、私は最善を尽くさなかった。それは事実よ」
アリアはうなだれた。
ロジーナの言うことはもっともだった。
あの時、ロジーナはカールにも防御魔法をかけるべきだった。
防御魔法自体を使っていなかったのなら言い訳できるのかもしれないが、アリアやジャックにはかけたのだ。
特定の人物だけ意図的にかけないということはあってはならない。
防御魔法の有無は命にかかわる。
それをロジーナは故意に怠ったのだ。
カールはとてもイヤな人だったけれど、だからといって死んでいい理由にはならない。
「アリア。あなたには私と同じ過ちを犯してほしくない」
ロジーナはアリアの両肩をつかんだ。
「あなたはもうすぐ中級魔術師になる。そしたら一人でお仕事に行くようになるわ」
ロジーナは、今までにみたこともないような真剣な眼差しでアリアを見つめている。
アリアはゴクリと唾をのみこんだ。
「だから今、伝えておきたいの。あなたは私と同じ過ちを犯してはいけない」
ロジーナの瞳の奥に自責の念が揺れてる。
きっと、あの日からずっと、ロジーナはカールの死と向き合ってきたに違いない。
そして、それはこれからもずっと続いていく。
どれほど苦しくて辛いことなのだろうか。
アリアはロジーナの気持ちを想像し、胸が押しつぶされるような感覚におちいった。
ロジーナは念をおすように言う。
「絶対に、絶対に忘れないで」
「はいっ」
アリアはロジーナの真剣な眼差しを受け止め、その言葉をしっかりと胸に刻むように、力強く肯いた。
「ありがと」
ロジーナはホッとした様子でアリアから手を離した。
二人はカールの墓に向きなおると手を合わせた。




