ロジーナ、帰宅する
「お師匠さまぁぁぁ」
ロジーナが館に戻ると、アリアが顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄ってきた。
無傷な様子のアリアをみて、ロジーナはホッと息をついた。
「上手く発動して良かった」
アリアの鎧には緊急時に自動的に館に転送する魔法が組み込んであったのだ。
「私、わたし……ふぇっふえっ、うぐうぐ……」
「大丈夫よ。魔物はクレメンスが封印したし、ジャックさんも無事よ」
ロジーナは何か言いながら泣きじゃくるアリアの頭を撫でてやる。
カールについてはふれなかった。
おそらくアリアも、カールがどうなったか気づいてるはずだ。
余計なことを言ってアリアを戸惑わせたくなかったし、ロジーナ自身も思い出したくなかった。
「はじめての魔物退治だったのに、こわい思いをさせてごめんね」
「お師匠さまは全然悪くないです」
アリアは否定するかのようにブンブンと首をふった。
確かに事前の準備に不備はなかったはずだった。
あの地域について調べたときは、あのような魔物がいるという情報は全くなかったし、不測の事態が起きたときの用意もしていた。
だが……。
「アリアさん。ロジーナ先生はお疲れのご様子ですから……」
黙り込むロジーナをみかねてか、ルーカスがアリアに声をかける。
アリアはハッとした様子で飛び退いた。
「ごめんなさい」
「ううん。大丈夫よ」
あやまるアリアにロジーナは力なく微笑む。
「アリアさん。お風呂がわきましたよ」
どうやらルーカスは気を利かせてくれてるようだ。
今のロジーナにとって、それはありがたいことだった。
「お師匠さまが先に」
「アリア。あなたが先に入りなさい。私はまだやることがあるから」
「……はい」
アリアは何か言いたげではあったが、大人しく風呂場へと向かっていった。
「ルーカスくん。ありがと」
ルーカスは返事をするようにロジーナに向かってニッコリ微笑む。
「少し休むわ」
ロジーナは自室へ向かった。
******************
ロジーナは部屋でひとり考えていた。
今日、ロジーナは大きなミスをした。
洞窟に入る前、カールにだけ故意に防御魔法をかけなかった。
確かに、あの程度の防御魔法では全てを防ぐことは不可能だった。
けれども、もしかけていたならば、命だけでも救えた可能性が全くないとは言い切れない。
いや、それ以前に、あのカールの異常な状態を引き起こすのを防げた可能性はある。
あのカールの異様な行動は魔物の影響だ。
あの、壁が崩れた瞬間に感じた魔力は妖気といってもいい。
おそらくカールは魔物によって操られていた。
もし、ロジーナが防御魔法をほどこしていたならば……。
ロジーナの防御魔法には魔法への防御も組み込んであった。
そして、魔法防御は効果を発揮していた。
なぜなら、ジャックもアリアもさほどおかしくはならなかったからだ。
アリアはともかくも、ジャックは一般人だ。
魔法防御が効いていなかったなら、ジャックにももっと影響は出たはずだ。
もし、事前にカールに防御魔法をかけていたなら……。
「ロジーナ」
ハッとして振り向くと、クレメンスが立っていた。
「あの魔物は協会のリストには載っていなかった」
「そう……」
「先の内乱と震災の時にだいぶ記録が紛失したからな……」
ロジーナはうつむいた。
それは今のロジーナとってはどうでもいい情報だった。
「あの魔物の存在は誰も知らなかった。この件に関してはお前に落ち度はなかった」
ロジーナはクレメンスの顔をみることが出来なかった。
「協会の方で周辺地域も含めて調査するようだ。よく分からんが、ニコが乗り気なので心配はないだろう」
「そう……」
ロジーナはじっと床を見つめていた。
あの時、ほんの軽い気持ちだった。
理不尽な態度のカールにちょっとした仕返しただけだった。
子鬼程度の相手なら防御魔法など必要ない、そう思っていた。
そう、ロジーナは見くびっていたのだ。
どんな仕事でも気を抜かず、万全の準備をしなければならない。
そう叩き込まれていたはずだっのに……。
沈黙が続いた。
「ロジーナ。あえて訊くことはしないが、既に起きてしまったことは、どうすることもできない」
穏やかだが厳しさをもったクレメンスの声に、ロジーナは下を向いたまま身を固くする。
カールは死んでしまった。
あの時に戻ることは出来ない。
ロジーナは取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだ。
「たが、これから起こることは変えることが可能だ」
クレメンスの言葉にロジーナは顔をあげた。
「大事なことは、経験を無駄にしないことだ」
クレメンスはロジーナをじっと見つめながら言った。
ロジーナはゆっくりと肯く。
そうだ、クレメンスの言うとおりだ。
カールの死を無駄にしてはいけない。
二度とこのような過ちを犯してはいけない。
ロジーナは拳を握りしめた。
ふいにギュッと抱きしめられた。
「辛いな」
クレメンスの声が耳元でした。
先ほどまでの厳しい声ではなく、優しく囁くような声だ。
一気にロジーナの涙腺が緩んだ。
自分が情けなくてどうしようもなかった。
できることなら逃げ出して、そして忘れてしまいたい。
「だが、受け止めるしかない」
クレメンスは少しかすれた声で言った。
ロジーナは嗚咽をもらす。
そう、受け止めるしかない。
どんなに後悔してもカールは戻ってこない。
自分の犯した過ちを背負っていかなければならない。
クレメンスがロジーナの頭を優しく撫でる。
ロジーナは泣き崩れた。




