封印完了
「う~ん。ものすごくくちゃい。ロジーナ先生じゃなかったら死んでたね」
ニコラスはロジーナと魔物の魔力がぶつかり合っている辺りで鼻をひくかせた。
「一番近い集落はどれくらい?」
「10分くらいです」
ロジーナの額に汗がにじむ。
「近いな……」
ジャックを転送したクレメンスが呟くように言った。
おそらく3人で力を合わせれば、魔物を倒すことは可能だろう。
だが、それでは激しい魔力のぶつかり合いになる。
結界を張ったとしても、近くの村に被害が及ぶであろうことは容易に想像できた。
村人を避難させているほどの余裕はない。
「じゃ、封印に決まりだね」
ニコラスはそう言うと、自身の魔力のを解放する。
「おいら、そっちは苦手。専門家のクレちゃんにお任せ~」
既にクレメンスは呪文の詠唱に入っていた。
「ロジーナ先生。クレちゃんの術が完成したら、そっちに加勢して。おいらはギリギリまで粘るから」
「はい」
ロジーナは魔力を操作して、加わったニコラスの魔力の方に少しずつ場所を譲る。
「ぐぉぉぉ」
隙をつくように、目の前の魔物が咆哮をあげる。
ものすごい腐敗臭が押し寄せてくる。
「くちゃい、くちゃい。服に臭いがついちゃうよ」
おどけた台詞を言いながらも、ニコラスの声は少しかたい。
魔力のぶつかり合ったところから、燻ったような湯気がたつ。
「おいらの取り分多めにしてぇぇぇ」
ニコラスは叫ぶと、さらに魔力を振り絞る。
と、同時にクレメンスの術が完成した。
ロジーナは素早く離脱した。
クレメンスの魔力が魔物とニコラスに降りそそぎ、まるで光る網のように包み込む。
その光はどんどん輝きを増していく。
ガバッ
網の一部がめくりあがり、ニコラスが顔を出した。
ニコラスは慌てた様子で這い出してくる。
が、腰まで出たところで、中に引きずられる。
「ぐおおおお」
「ちょっとあっちいってよ」
振り返り、足で網の中にいる何かを蹴る。
「見てないで、引っ張ってよ」
ニコラスと目が合ったロジーナは、「え?私?」と言うように首をかしげた。
「早くしてよ」
ニコラスは頬を膨らませてせかす。
ロジーナは仕方なくニコラスの腕を引っ張ってやった。
ニコラスの足が完全に出てくるのとほぼ同時に網がパッと輝いた。
それに抵抗するかのように中のモノがうごめく。
ロジーナはすかさずクレメンスの封印術に加勢する。
光の網はどんどん密度を増していくが、それを破ろうとする魔物の抵抗がすさまじい。
しばらく光の網ははねるように大きく動いていたが、だんだん動きが小さくなり、それとともにしぼんでいき、最終的には人が抱えられるほどの大きさになった。
「クレちゃん。おいらも一緒に封印しようとしたでしょ?」
封印魔法の補強をしているクレメンスの背中に向かってニコラスが言った。
「残念だ」
クレメンスがポツリと呟く。
「分け前の独り占めはダメだよ」
「お前と一緒にするな」
クレメンスはそう言うと立ち上がった。
どうやら作業が終わったようだ。
「ロジーナ。とりあえず協会へ送る」
「ねーねー、おいらが6ね」
振り向いたクレメンスに、ニコラスの顔が迫って来る。
ニコラスはどうやら報酬の取り分の割合を言っているようだ。
「逆だ。ロジーナが6。お前と私が2ずつだ」
「え~なんで? おいら頑張ったよ?」
クレメンスはごねるニコラスを目の前から強制的に排除すると、簡易作成した転送用魔方陣に封印物と一緒に乗った。
すかさずロジーナが術を行使する。
魔方陣が光をはなち、クレメンスの姿がかき消える。
「え~。せめて3にしてよ~」
追いかけるようにニコラスが姿を消した。
「疲れた……」
静まりかえった室内を見たわし、ロジーナは呟いた。




