アリア、硬直する
アリアは、先を行くロジーナのリュックの端をしっかり握っていた。
先を急ぐロジーナの身体からは、緊迫した魔力の気配が立ち上ぼっている。
今までに感じたことはないようなロジーナの様子に、アリアの恐怖はさらに膨らんでいった。
この先に何が待ち受けているのだろうか。
どんな恐ろしいことが起こるのだろうか。
アリアには全く予想はできない。
だが、それがとてつもなく恐ろしいことだということだけは感じていた。
あまりの恐怖にアリアは息を吸うことすら満足にできないでいた。
浅い呼吸を繰り返しながら、硬直して重くなった足をなんとか動かす。
前方から大きな金属音が響いてきた。
アリアはビクッと飛び上がった。
その拍子にロジーナから手が離れる。
「あっ」
慌ててロジーナをつかもうと手を伸ばした。
が、アリアの手は空をつかんだだけだった。
届かない……。
アリアの頭はぐちゃぐちゃになった。
みるみる涙があふれてくる。
ガシッ
腕をつかまれた。
ロジーナはアリアと目が合うと、「大丈夫」とでも言うように、にこっこり微笑んだ。
しかし、その微笑みはどこかぎこちなかった。
こんな状況のなかでも、ロジーナはアリアのことを気にかけている。
そう気づいたアリアの目に、先ほどとは違う涙が浮かんでくる。
が、ロジーナはそのことに気がつかない様子で、アリアの腕をぐいぐい引っ張りながら、音へと向かって走り出した。
音の出どころはすぐにわかった。
カールが扉らしきものを戦斧で叩いていたのだ。
ジャックはそのすぐそばで呆然とした様子で立っていた。
カールが戦斧をふるうたびに火花が散り、耳に突き刺さるような金属音が鳴る。
「うぉぉぉぉ」
雄叫びをあげ扉を執拗に攻撃するカールの剣幕に、アリアはもちろん、ロジーナも怯んだようだった。
確かに、カールは会った時点から自己中心的で他人を見下したような言動が目立っていた。
はっきり言って感じが悪かった。
とはいえ、今、目の前で狂ったように扉を攻撃している姿は、先ほどまでとは別人のようだ。
三人はなすすべももなく、ただただカールを眺めていた。
カツン。
とうとう扉の止め金のようなものが床に落ちた。
カールは奇声を上げて扉に蹴りを入れる。
扉がゆっくりと向こう側に倒れていく。
その瞬間、アリアの身体が硬直した。
今までに感じたこともない、その感覚にアリアは動くことも、考えることも出来なくなっていた。
ドーン
倒れた扉をカールが乗り越えていく。
「待っ……」
ロジーナが慌てた様子で止めようとしたが、カールの視線はただ一点を見つめているだけだった。
部屋の奥にある古めかしい大きな箱。
人が一人入れるくらいの箱。
カールの視線はそれに固定されていた。
アリアは、その箱が複雑な魔術で封がされているのを感じ取っていた。
まるで太い鎖で幾重にも巻かれているような封印。
その大袈裟なくらいの封印は、絶対に開けてはならないと主張しているかのようだった。
とてつもなく危険なモノが入ってるだろうということは、思考の鈍ったアリアにもわかった。
怖い。
見ていたくない。
しかし、アリアはその箱から目をそらすことはできなかった。
カールは斧を放り投げ、その箱目指して一直線に進む。
ジャックもつられたように、ふらふらとそちらへ向かっていく。
ロジーナは素早くジャックの前に立ちはだかると、ジャックを部屋の外に突き飛ばした。
カールは箱に向かって両手を伸ばした。
「ダメ」
ロジーナの絶叫と、カールが箱を開けたのはほぼ同時だった。
アリアは大きな魔力の爆風に飲み込まれた。




