アリア、はじめての魔物討伐へ行く
登場人物紹介(追加)
ジャック・・・依頼主。戦士。
カール・・・傭兵。
今日は実習の日だ。
しかも、はじめての魔物討伐だった。
この日のために、アリアはいつも以上に訓練に励んできた。
火の術を磨くために、鬼カルロスの訓練にも耐えてきたのだ。
カルロスは厳しくて底意地の悪い師範だ。
女の子だろうが、初級魔術師だろうが、容赦する様子は微塵もない。
アリアがヘトヘトで立ち上がれなくなっても、訓練を止めたり、休憩をはさんでくれることは絶対にない。
泣いても全く意に介さないのだ。
クレメンスも厳しいが、クレメンスは泣けば、ちょっとだけ手を緩めてくれるし、転がったアリアが立ち上がるのを無言で待っていてくれたりもする。
しかし、カルロスはアリアが立ち上がろうとするときを狙ってるかのように攻撃してくるし、転がりながら避けるアリアを大声で笑いながら、とても楽しそうにいたぶってくる。
しかも、泣けば泣いたで、「泣く元気があるなら、大丈夫だな」と言い出すし、目に涙を溜めれば、「おっ、泣くのか?」と小バカにしたようにニタニタしながら尋ねてくるのだ。
結局、アリアは休むことも泣くこともできず、歯をくいしばって食らいついていくしかない。
一昨日も、実習の日が目前に迫っているにもかかわらず、いつも以上にいたぶられた。
今もその時に擦りむいた膝頭がヒリヒリと疼いている。
アリアはあの時の屈辱、そして憎ったらしいカルロスのニヤニヤした顔を思い出し、盛大なしかめ面をした。
「アリア、どうかした?」
ハッと顔をあげると、師匠のロジーナが心配そうな顔で覗きこんでいた。
アリアは慌てて首を横に振ると、気合いを入れ直して歩きだした。
集合場所に着くと、すでに依頼主のジャックと大きな戦斧を持った大男──カールが待っていた。
ロジーナは二人に軽く自己紹介とアリアの紹介をした。
ジャックはニコニコと会釈をしたが、カールは薄目で二人を睨め付け、口元をゆがませた。
「魔物討伐に女子供が参加するとはな」
憎々しげなカールの言葉にロジーナの笑みが凍りついたように見えた。
「お前、ほんとに魔術が使えるのか?」
カールは、ロジーナに値踏みするかのような無遠慮な視線をあびせかける。
アリアの頭にカッと血がのぼった。
なんて嫌な人なのだろう。
アリアはバカにされても仕方のないくらい未熟だし、子供だ。
でもロジーナは違う。
魔力を解放したロジーナはまるで天女様みたいなのだ。
その辺にいる魔術師なんかとは比べ物にならない。
ましてや魔力の欠片すら感じさせない、目の前のむさいオッサンなんか足元にも及ばないのだ。
「お師匠様はすごい方なんです。こないだだって……」
アリアは拳を握り、真っ赤になってカールに反論しようとした。
「アリア」
ロジーナがたしなめるように強い声で言った。
「でも……」
「いいから、黙って」
アリアはロジーナの冷たい視線に気おされて、口を閉じるしかなかった。
「アリア。よく聞きなさい。プロはね、たとえどんなに気に食わないヤツが相手でも、粛々と任務を遂行するものなのよ。わかった?」
ロジーナは静かにゆっくりと、噛み砕くようにアリアに向かって言うと、カールの方に向きなおった。
「弟子の非礼をお詫びいたします」
そう言って深々と頭を下げた。
アリアは呆然と立ち尽くした。
自分のせいで、ロジーナが頭を下げている。
ロジーナに頭を下げさせてしまった。
アリアにとってそれは大きな衝撃だった。
それに納得できなかった。
なぜ?
どうして?
なんでロジーナが頭を下げる必要があるのだろうか。
ひどいことを言ってきたのはカールの方なのだ。
アリアにはロジーナのしていることが理解できなかった。
そのこともアリアとってショックだった。
「フン。足をひっぱるような真似だけはしないでくれよ」
カールは吐き捨てるように言った。
地面をみていたロジーナの肩が僅かに揺れたように見えた。
しかし、顔を上げたロジーナは申し訳なさそうな表情をしていた。
「時間がもったいない」
カールはそう言うと、大股で歩きだした。
依頼主のジャックは肩をすくめながら、ロジーナとアリアに軽く頭を下げた。
ロジーナは軽く会釈する。
アリアも慌ててロジーナに倣った。
四人はカールを先頭に、ジャック、少し離れてアリアとロジーナという順番で、目的の洞窟へと向かった。
「アリア。バカには関わっちゃダメよ。なるべく離れとくのよ」
ロジーナがアリアの耳元で囁く。
アリアが驚いてロジーナの顔をみると、ロジーナはニヤッとして、声を出さずに「バカ」と口を動かしながらカールを指さした。
アリアはパッと顔を輝かせた。
ロジーナはカールをバカと判断したのだ。
よくロジーナは「バカには近寄っちゃダメよ。遠くから観察して、危なそうだったら、即逃げるのよ」と、アリアに言っている。
バカに関わるとろくなことはない。
アリアはまだ実感こそわかないが、ロジーナの挙げる実例を聞くにつけ、ロジーナのこの教えは正しいと信じている。
そして、今、わざとらしいくらい大股で前を歩くカールは、自分たちを見た目だけで決めつけるような嫌なヤツだ。
ロジーナの言う、バカ基準に当てはまる。
おそらく、ロジーナもカールのことが嫌い。
それも、関わりたくないくらい大嫌い。
だから反論せずに謝る振りをしてやり過ごしたに違いない。
アリアは、先程からのモヤモヤが一気に吹き飛んで嬉しくなった。
ロジーナは歩きながら、何かを呟き、指を微かに動かし出した。
アリアの目には、ロジーナの指先に魔力の塊が現れ、それが徐々に密度を増していくのが見えた。
その魔力の色合いや質感から、それが防御系の魔術らしいと気がついたアリアは、瞬きもせずにじっとロジーナの手元を見つめていた。
小さいが鋭い力ある音律が、ロジーナの口から紡がれると、塊は瞬間的にパッと輝いた。
「なにかわかる?」
ロジーナはアリアを横目で見ると、少し意地の悪い試すような瞳で首を傾げた。
アリアはその魔力の塊を見つめ、チラリとロジーナの顔を見た。
ロジーナはニッコリ笑うと頷いた。
アリアは指を伸ばし、恐る恐るその塊に触れてみる。
ゆっくりと魔力が流れてきて、アリアを包み込んだ。
「物理防御と魔法防御と……」
アリアは神経を集中させながら、懸命に魔術を分析する
複数の術が混ぜあわされているのはすぐにわかったが、あまりにも複雑に編み込まれているため、構成されている術を解析するだけでも、アリアにはとても難しい。
「と?」
ロジーナは、まだ他にも術を混ぜていると言いたげにアリアの言葉を繰り返した。
「んー」
アリアは唸った。
もうひとつ、ある気配がするにはする、しかし、それが何だかわからない。
喉元まで出かかっているのに、出てこない。
「仕方ないわね。もう一度やるからね」
ロジーナはしばらくは待っていたのだが、埒があかないとでも思ったらしく、こんどはゆっくりと術を編み出した。
流れるようなロジーナの指先を、まばたきもせずに眺めていたアリアだったが、あまりにも集中しすぎて、何かにつまずいた。
「あっ」
アリアとロジーナは同時に小さな驚きの声をあげた。
アリアは反射的に足を踏ん張り、傾いた身体を立て直す。
と、同時にアリアの頭の中の何かがパッと輝いた気がした。
「加速っ」
両手を握り、吠えたアリアの目に、ロジーナの嬉しそうな笑顔が飛び込んできた。
「当たり」
そう言いながらクスクスと笑いだすロジーナと一緒になって、アリアも笑い出した。
二人の楽しそうな笑い声が聞こえたのか、ジャックが不思議そうな顔をして振り向いた。
思わずジャックに笑いかけようとしたアリアだったが、その先から突き刺すような冷えた視線を感じて、表情を固くした。
「これだから、女子供は……」
舌打ちをし、吐き捨てたカールは、前に向き直ると、先ほどよりもさらにスピードを上げて、ズンズンと進み出した。
ジャックは仕方なさげに歩調を速める。
ロジーナはブスッとしてるアリアの腕を掴むと、慌てて後を追いかけた。
前の二人に追いついたロジーナは、先ほど練り上げた魔術を、ジャックの向かって軽く投げた。
魔術はその背中に命中し、パッと弾け、ジャックの身体を包みこんだ。
ロジーナは続いてアリアの肩をポンと叩いた。
アリアの視界は、一瞬だけ魔術の輝きで遮られが、次の瞬間、元に戻った。
アリアはロジーナの魔力に包み込まれたのを感じた。
「アリア。防御系は私がやるから、今日は攻撃に専念しなさい」
ロジーナはニッコリと微笑んだ。
「カルロス先生の特訓の成果を見せてちょうだい」
「はいっ」
アリアは大きな声で返事をしたが、慌てて口元をおさえた。
前方から冷たい視線を感じたからだ。
視線を動かすと、「フン」とわざとらしく大きく鼻を鳴らすカールと、すまなそうな表情のジャックが見えた。
「感じ悪っ」
アリアの耳に、ロジーナの小さなつぶやきが聞こえた。




