ツツジのなかで 前編
先ほどまで見えていたアリアの姿が見えなくなった。
辺りはツツジと薄靄に包まれている。
「アリアちゃ~ん」
コーネリアは不安になって、歩く速度をはやめた。
「きゃっ」
足元がつるりと滑り、コーネリアの身体が後ろに傾いた。
転ぶ。
コーネリアはそう思って覚悟したが、誰かが後ろから支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
耳元でルーカスの声がした。
コーネリアはホッとしたが、ハッと気がついて、すぐに体勢を立て直した。
「ありがと」
コーネリアは視線を落としながら短くそう言うと、再び歩き出した。
心臓の音が妙にドクドクと聞こえる。
顔が熱い。
コーネリアは鼓動を抑えるように、胸に手をあてて大きく息を吸った。
行けども行けどもアリアの姿は見えなかった。
追い越してしまったのだろうか……。
コーネリアは立ち止り、振り向いた。
後ろにいたルーカスと目があう。
コーネリアは慌てて視線を逸らした。
「ロジーナちゃんは?」
ドキドキしているのを気がつかれないように、コーネリアは早口で言った。
「お二人とも、遅いですよねぇ」
ルーカスは後方を窺い見る。
細い道は乳白色の中に消えている。
靄が先ほどより濃くなってきた気がする。
「迷ったのかしら」
コーネリアはだんだん不安になってきた。
「この道で大丈夫ですよ。僕は何度も来たことがありますから。もう少しで抜けるはずです」
ルーカスは前方を見ながら言った。
「でも……」
コーネリアは視線を落とした。
「師匠もロジーナ先生も、ここには毎年のようにいらしてるはずですし、アリアさんは、きっと出たところで待っているはずですよ」
ルーカスはコーネリアの不安を取り除くように優しく微笑んだ。
「とりあえず、進みましょう」
ルーカスはそう言ったが、コーネリアはうつむいたままだった。
「じゃあ、僕が先に行きますね」
ルーカスはコーネリアの横をするりと抜けて前に出た。
コーネリアは相変わらずうつむいたままだった。
「コーネリア先生」
ルーカスはニッコリしながら、コーネリアの目の前に手を差しのべた。
コーネリアは一瞬顔を上げたが、恥ずかしくなってすぐにうつむいた。
ルーカスは軽く息を吐くと、すこし強引にコーネリアの手を取って歩きだした。
コーネリアは真っ赤になってうつむきながら、ルーカスの後をついていく。
ルーカスの手は思いのほか大きくてがっしりとしていて、こうしているとさっきまでの不安な気持ちが嘘のように消えて行く気がした。
心臓が早鐘のようにドキドキと脈打っている。
ルーカスに気がつかれてしまうのではないか。
コーネリアは空いた方の手で胸をおさえた。
しばらく行くと、ルーカスの言った通り、トンネルを抜け、広い野に出た。
辺りはすっかり霧に包まれている。
「アリアさーん」
ルーカスの声は霧の中に吸い込まれていっただけだった。
「おっかしいなぁ」
ルーカスは首を捻りながら周囲を見回す。
辺りはシーンとした静けさに包まれていた。
「僕、ちょっと見てきますね」
ルーカスはコーネリアにそう言って手を離そうとした。
「ダメ」
コーネリアがルーカスの手をギュッと握った。
「一人にしないで」
コーネリアはうつむいたまま、震えるような声で言った。
「わかりました。じゃあ一緒に行きましょう」
ルーカスは優しく微笑みながら、コーネリアの手をギュッと握りかえした。
コーネリアはうつむいたままうなずいた。
二人は手をつないだまま、元来た道を戻りはじめた。
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「じれったいわね」
ツツジの中に消えていく二人の後姿を見ながら、ロジーナがヒソヒソ声で言った。
「フフフ。まぁ、そんなもんだろ」
クレメンスは腕組みをしながら笑う。
「素敵ですぅ」
アリアは両手の指を顔の前で組み、うっとりとしながらヒソヒソ声で言った。




