ルーカス、合格する
上級魔術師試験の翌日。
試験官であるロジーナは魔術師協会本部の会議室にいた。
この五日間、試験官であるロジーナは魔術師協会に缶詰め状態だった。
試験初日の夕方から筆記試験の採点に追われ、三日目と四日目は実技試験、最終日は口頭試問と最終的な審査だった。
とくに審査は日にちをまたぎ、合格発表ギリギリまで揉めた。
合格者リストを持ったコーネリアが、慌てた様子で会議室を出て行った。
「これにて全ての行程が終了いたしました。先生方、お疲れ様でした」
司会の言葉が終わるや否や、室内の空気は一気に緩んだ。
慌ただしく出て行く者もいたが、ほとんどが疲れた様子で伸びをしたり、のんびりとお茶をすすったり、ボーッとしたりしていた。
ロジーナは机の上に突っ伏した。
「やっと解放された……」
ロジーナはしばらくそのまま動けなかった。
魔術をぶっ通しで行う方が断然マシだ。
もう何も考えたくない、というより、疲れすぎて頭が回らない。
このまま寝てしまいたい気分だ。
いや、それよりも一刻もはやく家に帰りたい。
ロジーナはムクリと起き上がると、この五日間滞在した部屋に向かった。
部屋に着くと、ロジーナは荷物をまとめ、階段へと進む。
階下からざわめきが伝わって来た。
発表の時刻になったのか、と思いながら、ロジーナはよたよたしながら階段を降りていく。
「大丈夫か」
突然聞こえてきたクレメンスの声に、ロジーナは虚ろな目で反応した。
クレメンスはロジーナから荷物を受け取ると、ロジーナを支えるようにしながら一緒に階段を降りはじめた。
一瞬、なぜクレメンスがここにいるのだろう、と思ったロジーナだったが、すぐにルーカスが今回の試験を受けたことを思い出した。
ルーカスの合格は早い段階で決定していたために、ロジーナの頭から抜けてしまっていたのだ。
ロジーナのうっすらした試験中の記憶が徐々に鮮明になってくる。
ルーカスは筆記試験はもちろん、実技でもかなり高得点をマークし、口頭試問にいたっては、あのニコラスの突拍子もない奇問にも動揺することなく、平然と答えていた。
「ルーカス君は?」
ロジーナは階段を降りきったところで、クレメンスに尋ねた。
「今、手続きに行っている」
クレメンスはそう言いながら、ロジーナを事務局の前に誘導した。
合格者は事務局の前の掲示板に掲示されている。
掲示板には人だかりが出来ていた。
ロジーナとクレメンスはそれを横目で見ながら事務局の中へと入った。
ちょうどルーカスが手続きを終えたようだった。
「ルーカス君、首席合格おめでとう」
そばにやって来たルーカスに、ロジーナはにこやかに言った。
「ありがとうございます」
ルーカスはお辞儀をする。
「これでお前も一人前の魔術師だな」
クレメンスはルーカスの肩をポンと叩いた。
「師匠」
ルーカスはクレメンスに向き直る。
「僕、もう一度、一からやり直したいんです。本気で師範魔術師になりたい。もう少し師匠の元においていただけませんか?」
ルーカスは真剣な顔でクレメンスの顔をじっと見つめる。
「うむ。頑張りなさい」
クレメンスもじっとルーカスの瞳を見つめながら頷く。
「よろしくお願いいたします」
ルーカスはパッと顔を輝かせ、深々とお辞儀した。
クレメンスは嬉しそうに微笑みながら、ルーカスを見つめていた。
ロジーナはそんな二人をニコニコしながら眺めていた。
「帰るとするか」
クレメンスはそう言うと事務局の出口へと向かった。
ルーカスが後に続く。
ロジーナは振り返り、事務局内を見渡す。
無意識にコーネリアの姿を探すが見当たらない。
いつもなら、こういう時は決まってコーネリアが声をかけてくる。
なぜ今日に限って姿が見えないのだろう。
合格発表の事後処理などで忙しいのだろうか。
「ロジーナ。どうかしたのか?」
クレメンスが心配そうに声をかける。
「ううん。何でもないわ」
ロジーナは慌ててクレメンスたちの後を追いかけた。
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コーネリアは柱のかげにいた。
ルーカスが手続きをしに事務局に入って来たとき、コーネリアは反射的に柱のかげに隠れてしまった。
ロジーナが来たときに出て行こうとしたが、なぜか出て行けなかった。
結局、コーネリアは出て行くタイミングを失ってしまった。
「どうしちゃったんだろ、私」
コーネリアはひっそりとため息をついた。




