ロジーナ、ふてくされる
クレメンスが居間に入ると、ロジーナはソファーで魔術書を開いていた。
「アリアは無事に保護者が引き取っていったぞ」
ロジーナはそのままの態勢で顔も上げずに「そう」とだけ言った。
クレメンスは軽くため息をもらすと、ロジーナの隣に腰をおろした。
「案ずることはない。アリアは必ず戻ってくる」
「そうかしら?」
ロジーナは相変わらず魔術書に目を落としたままだった。
「そんなに簡単に抜けられる世界だと思うのか?」
クレメンスはそう言いながら、右手を前に出す。
掌の上に魔力の球が浮かぶ。
ロジーナは視線を上げ、その球を見る。
球はクレメンスの手をゆっくりと離れると、ロジーナの目の前で止まる。
ロジーナは球ををじっと見つめた。
しばらく眺めた後、球をゆっくりと指先で操作しはじめる。
球はゆらゆらと大きさを変えながら室内を動き回る。
そう、この感覚。魔力を駆使するときの、心地よい緊張感。上手く術を完成させたときの昂揚感。一度味わったら忘れることなどできない。
それだけではない。
どんなに簡単な術でも、何度もこなした術でも、絶対に完璧になることはない。上手くいったと思った瞬間、次の課題が目の前に現れるのだ。術を使えば使うほど、どんどん深みにはまっていく。
ロジーナは「ふふっ」と笑う。
「そうね。確かに簡単には抜けられないわね」
「だろ?」
クレメンスが指を鳴らす。
魔力の球はパッとはじけて消えた。