コーネリアの決断
年の瀬も迫ったある日、コーネリアはロジーナを訪ねてきた。
「師匠もロジーナ先生も、アリアさんのご実家に行かれてるんです」
コーネリアを出迎えたルーカスは申し訳なさそうに言った。
「そうなの……」
コーネリアは沈んだ声でうつむいた。
ルーカスはコーネリアの沈痛な面持ちに戸惑っていた。
コーネリアは何か思い悩んでいるのではないか。
ロジーナになにか重大な相談をしに来たのではないだろうか。
うつむいて何やら考え込んでいたコーネリアが、顔を上げた。
「よかったら、お待ちになりませんか?」
ルーカスはとっさに言った。
なんとなくコーネリアをこのまま帰してはいけないような気がした。
「もうすぐ、帰ってこられると思いますよ」
「でも、ご迷惑じゃ……。ルーカス君は試験勉強が……」
コーネリアは伏せ目がちに言う。
「いえ、ちょうど一休みしようと思ってたところですから」
ルーカスはニッコリ笑う。
「でも……」
「それに、お茶も出さずにコーネリア先生をお帰ししたなんて知れたら、ロジーナ先生に叱られてしまいます」
ルーカスはそう言いながら、少し強引にコーネリアを奥へといざなった。
コーネリアはルーカスの入れたハーブティーを飲むと一息ついた。
「なんだか懐かしくて、ホッとする香りね~」
「うちの店で一番人気なんです。この砂糖漬けも人気なんですよ」
ルーカスは小皿に盛られた花の砂糖漬けを指しながらニコニコする。
「ルーカス君のご実家って、お菓子屋さんかなにかなの?」
「本業は薬種商なんですが、最近はこういったものや、香水なども取り扱っているんです」
コーネリアは砂糖漬けを口に入れた。
ほのかな甘みと、優しい香りが口の中に広がった。
思わずコーネリアはニッコリとほほ笑む。
「うちの砂糖漬けは他所とはちょっと違うんですよ」
ルーカスは誇らしげにそう言うと、いかにも楽しそうに微笑んだ。
「ルーカス君、ずっとご実家を手伝っていたの?」
「はい」
「ご実家のお仕事は好き?」
「そうですね。義兄は僕の意見も取り入れてくれますし、楽しかったです」
「そうなんだぁ……」
コーネリアはそう言うとうつむいた。
「廃業している間、魔術のこと……どうだった?」
コーネリアはポツリと言った。
「え?」
ルーカスが怪訝な顔をする。
「あ、ごめんなさい、変なこと聞いて。今の言葉は忘れてね」
コーネリアは慌てて頭を下げる。
「いや、構いませんよ。気になりますよね……。僕、実家の仕事は嫌いじゃありません。でも……」
ルーカスは視線を落とす。
「魔術は……、忘れられませんでした。見込みはないって引導を渡されましたが、諦めきれませんでした。あの時続けていたなら……。何度もそんな風に思いました」
ルーカスは膝の上で手をぎゅっと握りしめながら言った。
「ごめんなさい。辛いこと思い出させちゃって……」
コーネリアはうつむいて言った。
「いいえ。もう過去のことです。今はこうして、師匠のお蔭で戻ることが叶いましたから」
ルーカスは顔をあげ、ニッコリとほほ笑む。
「そうね」
コーネリアも顔をあげ、微笑んだ。
「ご馳走さま。私、もう帰るね」
コーネリアは立ち上がった。
「ルーカス君、ありがと。試験頑張ってね」
コーネリアは爽やかにニッコリ笑うと姿を消した。
翌日、大きな荷物を持ったコーネリアが現れた。
出迎えたロジーナに、コーネリアは手を合わせた。
「ロジーナちゃん、お願いっ。しばらくここに置いて」
コーネリアのせっぱつまった様子にロジーナは怪訝な顔をする。
「いいけど……。何があったの?」
「おうち、追い出されちゃったの~」
コーネリアは小首をかしげ、「てへっ」と笑う。
「追い出されたって、あんた……」
「先方にお断りしたらね、お父さんもお兄さんも、すっごぉく怒っちゃって~」
コーネリアは「うふふ」と笑う。
ロジーナは少し引きつりながら聞いていた。
「出ていけぇー、二度と帰ってくるなーだって」
コーネリアはまるで他人事のように言った。
「でね、急だったし、暮れでしょ? 行く当てなくてね~。それで、ロジーナちゃんとこなら大丈夫かなって」
コーネリアは指を胸元で組んで小首をかしげる。
「年が明けたら、落ち着き先を探すから、それまでの間、お願いっ」
コーネリアは再び手を合わせた。
ロジーナは軽くため息をついた。
「うちは構わないけど、大丈夫なの?」
「うん。なんか吹っ切れちゃった」
コーネリアは明るい声で晴れやかに笑った。
「それにね、お給料のほとんどを実家に入れてたんだけど、それもなくなるし~。けっこういい生活できそう~。貯金もね~」
ロジーナはクスクス笑いだした。
コーネリアは、しっかり現実を見ている。
心配する必要はなさそうだった。
「え、ロジーナちゃん。そこ、笑うとこじゃないよぉ~」
コーネリアはそう言いながらもクスクスと笑った。




