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ロジーナ弟子をとる  作者: 岸野果絵
初級魔術師編
55/100

[番外編] 過去の忘年会(ロジーナ編)

 翌年、ロジーナが忘年会に出席することになった。

既に師範となっていたカルロスは会場でクレメンスと合流した。


クレメンスはカルロスの顔を見ると、軽く肩をすくめてみせる。

ハンスとロジーナの間には険悪な空気が漂っていた。

「師匠も大変ですね……」

カルロスは思わず小声で言った。

クレメンスはやれやれというように軽くため息をついた。


ハンスは合流してから、盛んにカルロスに話しかけてきた。

カルロスは適当に相槌を打ちながら軽く受け流し、ときおりロジーナの様子をうかがっていた。


黒いビロードの長袖ワンピースを着たロジーナは、ずっと視線は少し落とし気味で無表情だった。

すれ違う魔女たちが口々に「可愛いわね」「お人形さんみたいね」とロジーナを褒める。

ロジーナはその度に、無表情のままペコリとお辞儀をする。

おそらく、褒められたら一礼するようにと、事前に言われてきたのだろう。

カルロスはロジーナを眺めながら、まるで壊れたぜんまい仕掛けの人形のようだ、と思った。



 前方から奇抜な衣装に身を包んだシルヴィアがやってくる。

今年の羽飾りは更に大振りになっていた。

空気の抵抗が激しいのか、羽飾りの揺れ方は尋常ではなかった。


カルロスは気合を入れる。


「クレメンス先生、こんばんは」

シルヴィアは真っ赤な口でニッコリ笑った。

今年のつけ睫毛はラメ入りだった。

瞼が動くたびにキラキラと輝きを放っていた。


「これはこれはシルヴィア先生。今宵も一段とお美しい」

クレメンスがさらりと言った。


ロジーナが視線を上げる。


「あら、嫌だわ。クレメンス先生ったら。うふふ」

シルヴィアは嬉しそうに扇子で口元を隠しながら笑った。

頭の羽飾りが、不自然にゆっさゆっさと揺れる。


ロジーナの目はシルヴィアの頭に釘づけだった。

ハンスは一見とりすましてはいたが、直立不動で身体を固くしている。


おおむね予想通りの反応に、カルロスの笑いのツボが疼く。

カルロスは笑顔をつくりながらも、分からない程度にシルヴィアから視線を少し逸らす。

今年もなんとか無事にやり過ごしたかった。


「あら、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」

ロジーナの不躾ぶしつけな視線に気がついたのか、シルヴィアが尋ねた。

「弟子のロジーナです」

ロジーナはじっとシルヴィアの羽飾りを凝視したままだった。

クレメンスはため息をついた。

「申し訳ありません。シルヴィア先生のお美しさに心奪われているようです」


カルロスは堪らず、口元を押さえて下を向く。

声が漏れなかったのがせめてもの救いだった。


「まぁ、なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら」

シルヴィアは満面の笑みを浮かべると、ロジーナの顔を覗き込む。

羽飾りが大きく揺れる。

羽飾りの揺れに合わせるかのように、ロジーナの瞳も揺れる。

「まるでお人形さんみたいね」

シルヴィアは口元に優しい微笑みを浮かべながら、ロジーナの頭のリボンを整えてやる。

ロジーナはハッと気がついたようにペコリとお辞儀をする。

シルヴィアはロジーナにニッコリと笑いかけると、クレメンスの方を向いた。

「では、みなさんごきげんよう」

シルヴィアは上機嫌で離れて行った。


カルロスはなんとか笑いをおさめて、ホッと息をはいた。

ハンスも身体の力を抜いたようだった。

ロジーナは去っていくシルヴィアの頭をチラチラ見ていた。


「ロジーナ、何をそんなに気にしているのだ?」

落ち着きのないロジーナにクレメンスが尋ねる。

ロジーナはうつむき、何度も首をひねる。

言葉を探しているようだった。

「あの羽は本物なのでしょうか?」

ロジーナは顔を上げるとそう言った。


「ぶっ」

カルロスは思わず噴き出した。

先ほどの件で、笑いの閾値がかなり下がっていた。

ハンスは眉間にしわを寄せ、小馬鹿にした目つきでロジーナを眺めている。


「シルヴィア先生は一流の鳥使いだ」

クレメンスは楽しそうに微笑みながら言った。

「鳥使い、ですか……」

ロジーナは考えるように視線を落とした。

クレメンスはそんなロジーナを目を細めながら眺めていた。


不意にロジーナが視線を上げた。

思いついたというように瞳を輝かせている。

「そうだ。本物だ」

クレメンスはそう言いながら、満足そうに頷く。

ロジーナはニッコリと笑った。

カルロスは「チッ」と舌打ちする。


ロジーナはいつもこうだ。

一見、ひどく見当違いなことをしているようにだが、一足飛びに物事の本質に近づいてしまう。

子供特有の勘の良さだけではない何かを持っている。

本人はそのことに気がついていないようだが、周囲の人間も気がついていない者がほとんどだ。

おそらく気がついているのは、師であるクレメンスとカルロスくらいだろう。

この勘の良さは天性のものだ。

カルロスや他の者がどう頑張っても得ることができない才能だ。


かなわねぇな……」

カルロスは自嘲気味に鼻を鳴らした。

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