[番外編] 過去の忘年会(ロジーナ編)
翌年、ロジーナが忘年会に出席することになった。
既に師範となっていたカルロスは会場でクレメンスと合流した。
クレメンスはカルロスの顔を見ると、軽く肩をすくめてみせる。
ハンスとロジーナの間には険悪な空気が漂っていた。
「師匠も大変ですね……」
カルロスは思わず小声で言った。
クレメンスはやれやれというように軽くため息をついた。
ハンスは合流してから、盛んにカルロスに話しかけてきた。
カルロスは適当に相槌を打ちながら軽く受け流し、ときおりロジーナの様子をうかがっていた。
黒いビロードの長袖ワンピースを着たロジーナは、ずっと視線は少し落とし気味で無表情だった。
すれ違う魔女たちが口々に「可愛いわね」「お人形さんみたいね」とロジーナを褒める。
ロジーナはその度に、無表情のままペコリとお辞儀をする。
おそらく、褒められたら一礼するようにと、事前に言われてきたのだろう。
カルロスはロジーナを眺めながら、まるで壊れたぜんまい仕掛けの人形のようだ、と思った。
前方から奇抜な衣装に身を包んだシルヴィアがやってくる。
今年の羽飾りは更に大振りになっていた。
空気の抵抗が激しいのか、羽飾りの揺れ方は尋常ではなかった。
カルロスは気合を入れる。
「クレメンス先生、こんばんは」
シルヴィアは真っ赤な口でニッコリ笑った。
今年のつけ睫毛はラメ入りだった。
瞼が動くたびにキラキラと輝きを放っていた。
「これはこれはシルヴィア先生。今宵も一段とお美しい」
クレメンスがさらりと言った。
ロジーナが視線を上げる。
「あら、嫌だわ。クレメンス先生ったら。うふふ」
シルヴィアは嬉しそうに扇子で口元を隠しながら笑った。
頭の羽飾りが、不自然にゆっさゆっさと揺れる。
ロジーナの目はシルヴィアの頭に釘づけだった。
ハンスは一見とりすましてはいたが、直立不動で身体を固くしている。
概ね予想通りの反応に、カルロスの笑いのツボが疼く。
カルロスは笑顔をつくりながらも、分からない程度にシルヴィアから視線を少し逸らす。
今年もなんとか無事にやり過ごしたかった。
「あら、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」
ロジーナの不躾な視線に気がついたのか、シルヴィアが尋ねた。
「弟子のロジーナです」
ロジーナはじっとシルヴィアの羽飾りを凝視したままだった。
クレメンスはため息をついた。
「申し訳ありません。シルヴィア先生のお美しさに心奪われているようです」
カルロスは堪らず、口元を押さえて下を向く。
声が漏れなかったのがせめてもの救いだった。
「まぁ、なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら」
シルヴィアは満面の笑みを浮かべると、ロジーナの顔を覗き込む。
羽飾りが大きく揺れる。
羽飾りの揺れに合わせるかのように、ロジーナの瞳も揺れる。
「まるでお人形さんみたいね」
シルヴィアは口元に優しい微笑みを浮かべながら、ロジーナの頭のリボンを整えてやる。
ロジーナはハッと気がついたようにペコリとお辞儀をする。
シルヴィアはロジーナにニッコリと笑いかけると、クレメンスの方を向いた。
「では、みなさんごきげんよう」
シルヴィアは上機嫌で離れて行った。
カルロスはなんとか笑いをおさめて、ホッと息をはいた。
ハンスも身体の力を抜いたようだった。
ロジーナは去っていくシルヴィアの頭をチラチラ見ていた。
「ロジーナ、何をそんなに気にしているのだ?」
落ち着きのないロジーナにクレメンスが尋ねる。
ロジーナはうつむき、何度も首をひねる。
言葉を探しているようだった。
「あの羽は本物なのでしょうか?」
ロジーナは顔を上げるとそう言った。
「ぶっ」
カルロスは思わず噴き出した。
先ほどの件で、笑いの閾値がかなり下がっていた。
ハンスは眉間にしわを寄せ、小馬鹿にした目つきでロジーナを眺めている。
「シルヴィア先生は一流の鳥使いだ」
クレメンスは楽しそうに微笑みながら言った。
「鳥使い、ですか……」
ロジーナは考えるように視線を落とした。
クレメンスはそんなロジーナを目を細めながら眺めていた。
不意にロジーナが視線を上げた。
思いついたというように瞳を輝かせている。
「そうだ。本物だ」
クレメンスはそう言いながら、満足そうに頷く。
ロジーナはニッコリと笑った。
カルロスは「チッ」と舌打ちする。
ロジーナはいつもこうだ。
一見、ひどく見当違いなことをしているようにだが、一足飛びに物事の本質に近づいてしまう。
子供特有の勘の良さだけではない何かを持っている。
本人はそのことに気がついていないようだが、周囲の人間も気がついていない者がほとんどだ。
おそらく気がついているのは、師であるクレメンスとカルロスくらいだろう。
この勘の良さは天性のものだ。
カルロスや他の者がどう頑張っても得ることができない才能だ。
「敵わねぇな……」
カルロスは自嘲気味に鼻を鳴らした。




