[番外編] 過去の忘年会(ハンス編)
カルロスが忘年会デビューをして、七、八年の月日が流れた。
はじめの頃は魔女たちにドギマギさせられていたカルロスも、今ではだいぶ慣れ、お世辞もさらりと言えるようになっていた。
今年は後輩のハンスもはじめて出席することになった。
ハンスは、昔のカルロスがそうだったように、ぎこちない動きをしていた。
魔女たちにからかわれているハンスを、カルロスはニヤニヤしながら楽しく眺めていた。
前方から奇抜な衣装に身を包んだ女性――シルヴィアがこちらに向かってくる。
カルロスは気合を入れた。
シルヴィアの趣向を凝らした装いは、毎年カルロスの笑いのツボを刺激する。
少しでも気を抜くと大変なことになる。
「クレメンス先生、こんばんは」
シルヴィアは真っ赤な口でニッコリ笑った。
今年のつけ睫毛も盛大だ。
「これはこれはシルヴィア先生。今宵も一段とお美しい」
クレメンスがさらりと言った。
ハンスは目を丸くし、ぽかんとクレメンスの顔を眺めている。
カルロスは思わず噴き出しそうにになるが、なんとか耐えた。
そうだった。
今年の敵はシルヴィアだけではない。
予想通りのハンスの驚き方も、カルロスの笑いのツボを刺激する。
二重苦だった。
「ごきげんよう」
シルヴィアが離れて行った。
カルロスはホッと息を吐く。
ハンスも同様のようだった。
「師匠。よくあんな心にもないお世辞が言えますね」
ハンスが顔をしかめながら言った。
「私は思ったことを口にしたまでだ」
ハンスは首をひねる。
「あれのどこが美しいのですか? よくわかりません」
「ハンス。お前は何を見ていたのだ?」
ハンスはうつむき、考え込んでしまった。
クレメンスは軽くため息をついた。
「センスはともかくとして、彼女の心根は称賛に値する」
「心根?」
クレメンスの言葉にハンスが顔を上げる。
カルロスは少し引き気味に眺めていた。
カルロスの耳には、クレメンスの口から出た言葉が白々しく響いていた。
「そうだ。あれだけの衣装を準備するのには相当な時間を費やしている。おそらくは、数ヵ月、いや一年近くかかっただろう。皆を楽しませるために、労力と費用を惜しまない、そういう彼女の心の有り様は素晴らしいと思わないか?」
ハンスは瞳をキラキラと輝かせ、クレメンスを見つめている。
クレメンスの演説の間、カルロスはこみあげてくる笑いと格闘していた。
違う。絶対に違う。
長年クレメンスの内弟子として、傍で見てきたからこそ分かる。
クレメンスはそんなことは微塵も思っていないはずだ。
もっともらしいことを言っては弟子を丸め込む。クレメンスの常套手段なのだ。
今もハンスの反応を楽しんでいるだけに違いない。
くそ真面目なハンスは、自分がからかわれていることに全く気がついていない。
それどころか感動すらしてる。
「師匠……。さすがです。私が間違っていました」
心酔しきった様子でハンスは頭を下げる。
カルロスは噴き出しそうになるのを必死でこらえていた。
「うむ。分かればよいのだ」
クレメンスはしたり顔でうなずくと、カルロスの方をみてニヤリと嗤った。
カルロスはたまらず、後ろをむいて忍び笑いをした。




