[番外編] 約20年前の忘年会にて
登場人物紹介(追加)
シルヴィア・・・師範魔術師。鳥使い
魔術師協会の忘年会。
カルロスは昨年から、師であるクレメンスに付き従って出席していたが、こういう華やかな舞台は苦手だった。
堅苦しい正装姿の自分は、ひどく滑稽に思えた。
穏やかに談笑するなど、まだ若いカルロスにはできなかった。
どのように振る舞ってよいのかわからず、かりてきた猫のように大人しくしているしかなかった。
その上、艶やかなドレスに身を包んだ魔女たちが、からかいを含んだ流し目をカルロスに送る。
なかには、すれ違いざまに軽くカルロスに触れる魔女もいた。
そのたびに、カルロスはビクッと身体を固くする。
魔女たちはそんな自分の反応を楽しんでいる。
いくら鈍いカルロスでも、それくらいは分かった。
カルロスにとって、忘年会は拷問のようなひと時だった。
前方から、奇抜なドレスに身を包んだ女性がやって来る。
身体にフィットするドレスは、女性のふくよかな体型をカバーするどころか、激しく強調していた。
頭には孔雀の羽のような異様に大きな羽飾りをつけている。
「すげー」
ファッションに無頓着なカルロスでも、その奇抜さに驚いた。
「クレメンス先生、こんばんは」
女性は真っ赤な口でニッコリ笑った。
睫毛が異様に濃かった。
カルロスは目の周りが真っ黒だ、と思った。
「これはこれはシルヴィア先生。今宵は一段とお美しい」
クレメンスがさらりと言った。
カルロスは耳を疑った。
目を丸くしてクレメンスの顔を見る。
クレメンスは穏やかな笑みを浮かべている。
「あら、嫌だわ。クレメンス先生ったら。うふふ」
シルヴィアは嬉しそうに扇子で口元を隠しながら笑った。
頭の羽飾りが、不自然にゆっさゆっさと揺れる。
カルロスは瞬きもできず、直立不動状態になった。
孔雀の羽が、カルロスのすぐ目の前で揺れている。
笑いがこみあげてくる。
その羽を直視しないように、遠くの方を見ていたが、どうしても視界の端に入ってくる。
辛い。
苦しい。
早くどっかに行ってくれ。
カルロスは、クレメンスとシルヴィアが談笑している間、こみあげてくる笑いと格闘していた。
「ごきげんよう」
シルヴィアが離れて行った。
カルロスはホッと息を吐く。
不思議なことに、いざ笑ってもいいという状態になったら、こみあげてくる笑いはどこかへ行ってしまった。
「師匠。よくあんな心にもないことが言えますね」
カルロスは思わずポロリと言った。
「私は思ったことを口にしたまでだ」
いつもの調子で言うクレメンスの真意がつかめず、カルロスはクレメンスの顔を覗き込む。
「美しい……あれが? 俺にはどうも……」
「カルロス。お前は何を見ていたのだ?」
クレメンスはカルロスの方をみる。
「何と言われましても……」
カルロスは首をひねる。
もしかしたら、クレメンスにはシルヴィアが美しく見えていたのかもしれない。
いや、そんなことはない。
絶対に有り得ない。
自分の師匠がそこまで趣味の悪い人間だとは思いたくなかった。
「色やデザインはともかくとして、あの布地は称賛に値する」
クレメンスは、向こうの方で羽を揺らしているシルヴィアの後姿をチラリと見ながら言った。
「布?」
カルロスは間抜けな声をあげる。
「そうだ。あの程よい光沢と、どっしりとした質感。かなり上等な絹を使用している」
「はぁ」
ポカンとするカルロスに、クレメンスは続けた。
「だが注目すべきは織だ。一見無地に見えるが、精緻な地紋が施されている。さぞや名のある織元のものであろう。あのような一流品を『美しい』と言わずしてなんとする」
カルロスは視線を落とし、考えながらクレメンスの話を聞いていた。
「師匠……。ということは、布地を『美しい』とほめたんですか?」
カルロスが窺うように視線を上げる。
「そうだが?」
クレメンスの瞳の奥がいたずらっぽく光る。
「なんだ。そういうことか……」
カルロスがポツリとつぶやく。
「そういうことだ」
クレメンスは「フフフ」と嗤った。
カルロスもニヤリと嗤った。




