ルーカス、拉致られる
ロジーナはクレメンスとルーカスを見送ると、ふと料理のテーブルの方を見る。
アリアが取り皿をテーブルの上に置き、誰かと話している姿が見えた。
相手は大柄の男――カルロスだ。
ロジーナの位置からはアリアの表情は見えなかったが、カルロスはいかにも楽しそうにニヤニヤしている。
なぜだか非常に嫌な予感がする。
ロジーナはアリアの方に向かって歩き出した。
「カルロスのばかやろぉ~」
アリアは真っ赤な顔で右手を振り上げる。
ロジーナは背後からアリアの腕を掴んだ。
「アリアっ、カルロス先生になんて事言うの!!」
ロジーナが一喝すると、アリアは口をへの字に曲げた。
「や~い。怒られてやんの~」
カルロスが両手を顔の横で「ばぁ」と広げながらニヤニヤと笑う。
アリアの瞳がみるみる潤んできた。
ロジーナはキッとカルロスを睨みつける。
「おぉ~こわ」
カルロスはおどけた表情で、わざとらしくブルブル震える振りをする。
ロジーナは大きなため息をつくと口を開きかけた。
「相変わらず、弟子の躾も満足にできないんだな」
カルロスの横から聞こえてきたハンスの嫌味な声にロジーナの眉がピクリと動く。
「うっさいわね」
ロジーナは低い声でつぶやくと、薄目でハンス見る。
「お、ロジーナがマジギレした」
カルロスの声にロジーナは再びカルロスを睨みつける。
「ずいぶんと楽しそうだな」
振り向くと、クレメンスがルーカスを引き連れて立っていた。
「師匠」
カルロスとハンスは居住まいを正す。
「どうだった?」
ロジーナはルーカスをチラリと見ながら、クレメンスに尋ねた。
「大丈夫だ。エルナンドもこれ以上ちょっかいを出してくるほど愚かではない」
二人の会話を聞いていたカルロスの瞳がキラリと光った。
「おい、ルーカス。おまえ、エルナンド先生んとこにいたのか?」
カルロスはルーカスのすぐそばに移動すると囁いた。
「あ。はい」
ルーカスは少し驚いた様子でうなずく。
「なぁなぁ、あのジジイ、がめついって噂は本当なのか?」
「え?」
「おまえもぼったくられたクチか?」
ルーカスは困惑の表情を浮かべる。
「いいじゃねぇか。俺とおまえの仲なんだからよ。ちょっとここに囁いてくれればいいんだ」
カルロスは耳の後ろに手をあてて、ルーカスの口元に近づける。
「あの古狸にいくらむしり取られた?」
「いや……それは……」
ルーカスは一歩、二歩と後退りする。
「おっと、こいつはすまねぇ。俺が悪かった」
カルロスはルーカスから離れると、自分の後頭部をポンとたたく。
ルーカスはホッとした表情になる。
「こんなとこでする話じゃねぇよな」
カルロスは「ガハハ」と笑った。
ルーカスは気を緩めた。
ガシッ
カルロスがルーカスの肩に腕を回し、ガッチリと掴む。
「向こうでじっくり聴いてやろうじゃねぇか」
ルーカスの耳元で囁くように言う。
「え……。いや……それは、ちょっと……」
カルロスは、顔を引きつらせるルーカスを強引に引きずりながら歩き出した。
ハンスはクレメンスに一礼すると、慌てた様子でカルロスの後を追った。
「カルロスはルーカスのことがずいぶんと気に入ったようだな」
クレメンスは目を細めながら「フフフ」と楽しそうに笑った。
「あの様子じゃ、今日中には帰れそうもないわね」
ロジーナもクスクスと笑った。




