ロジーナ、散歩する
ロジーナの住む村も紅葉の見頃を迎えていた。
ロジーナとクレメンスはいつもより早く起き、村の湖の周辺を散歩していた。
湖の出島となったところからは村が一望できる。
朝の静けさの中、黄金色に輝くカラマツに浮かぶ家々は、どこか知らない村のようにも見えた。
ふたりはしばらく景色を堪能していた。
「クレメンス、いえ、師匠。師匠があの時、なぜアリアを弟子にするようおっしゃったか、やっとわかったような気がします」
ロジーナは湖に映る景色を眺めながら言った。
「弟子をとるのは、なかなか刺激的だろ?」
クレメンスも景色を眺めたまま微笑んだ。
「はい。教えてるつもりが、いつの間にかこちらが教えられている。気づかされることばかり……」
アリアを指導するようになってから、ロジーナは日々、自分の未熟さを痛感している。
完全にマスターしたと思っていたことが、そうではなかった。
確かに一通りできるようにはなっていたが、それは表面的にできているようになっていただけだ。
なにもかも分かったつもりになっていた。
しかし、何もわかっていなかった。
他人に教えるようになってはじめて、ロジーナは本質を見ようとしてなかったことに、気づかされた。
それまで見えていなかった世界が、一気に目の前に広がった。
魔術の奥深さは、ロジーナが思っていたよりも、もっともっと深い。
いや、魔術だけではない。
全ての物事を深く掘り下げていけば、なにか一つの大きなモノにたどり着くのではないか。
そんな気がしていた。
ロジーナは、底が見えない奥深さを、頭ではなく、肌で実感するようになった。
「そうか。お前はもう立派な指導者だな」
クレメンスは嬉しそうに微笑みながら、ロジーナの方を見た。
「いいえ、師匠の足元にも及びません」
ロジーナは視線を落とし、首を左右に振った。
クレメンスは再び景色に視線を戻す。
「私もだ。私もまだまだ師の足元にも及ばない」
クレメンスは遠くを見つめながら、懐かしむような穏やかで少し寂しげな優しい顔をしている。
クレメンスは亡き師・レクラスに思いをはせているのだ、と思った。
ロジーナはクレメンスのこの表情が一番好きだ。
ロジーナはレクラスを知らない。
ロジーナがクレメンスの元に弟子入りしたころには、すでにレクラスは他界していた。
それでも、クレメンスの師匠がどんなに素晴らしい人物だったかは、クレメンスを見ていればよくわかる。
レクラスの話をする時のクレメンスは、本当に幸せそうで、いつまでも聞いていたくなる。
クレメンスにこんな表情をさせることができるのは、レクラスだけだ。
アリアも、いつかこんな風に自分を思い出してくれる日が来るのだろうか。
それはない気がした。
アリアにとって、ロジーナは良い師匠ではない。
いつも失敗ばかりで、アリアを戸惑わせてばかりいる。
それでも、こんな未熟な自分なのに、アリアは師と仰いでくれる。
信じてついてきてくれる。
アリアの期待に応えられるか、正直なところ、自信はあまりない。
ロジーナの力では満足できるようなことは何一つしてやれないかもしれない。
それでも、自分に出来る精一杯のことをしてやりたい。
全身全霊で向き合おう。
アリアの指導に全力を尽くそう。
ロジーナは決意をあらたにした。




