コーネリアの悩み
一行は一時間ほど、少しきつめの登り道を歩き続けた。
視界がパッとひらけた。
目前には静かな湖が豊かな水をたたえていた。
山々は黄色やオレンジ、赤などいろいろな色に染まり鏡のような湖面に映りこんでいた。
澄んだ青空には白い雲が浮かんでいる。
やわらかい風が湖面を揺らす。
流れる雲に、ときおり日光が遮られ少し暗くなり、雲が行けば、また再びぱぁっと明るく輝く。
しばらく三人は我を忘れ、景色に見入っていた。
「ほんとに見頃ねぇ~」
コーネリアがため息まじりに言う。
「でしょ。ここがとっておきの場所よ」
ロジーナはニコニコしながらレジャーシートを広げた。
アリアは水際まで行き、手を水に浸した。
「冷たいっ」
そう言いながら、パシャパシャしている。
「少し早いけど、お昼にしよっか」
「お腹すきましたぁ」
アリアは駆け戻ってくるとリュックをおろした。
お弁当を食べ終わると、アリアは再び水際に行き、しゃがんだり立ったりしながら、何かをしているようだった。
コーネリアは微笑みながらアリアと景色を眺めていた。
ロジーナは後ろに手をつき、空を見上げる。
「コーネリア、なんか話したいことがあるんじゃないの?」
コーネリアは驚いた顔をしてロジーナ顔を見る。
「私じゃ何の役にも立たないけど、でも、聞くぐらいならできるよ?」
ロジーナはコーネリアの方に向きなおった。
「話したくないなら無理にとは言わないけど、誰かに話せば、一人で抱え込んでるよりは少し楽になるんじゃないのかな」
コーネリアはうつむき、しばらく考え込んでいるようだった。
「ロジーナちゃん、私ね……」
コーネリアはそう言うと、また考え込んでしまった。
ロジーナはコーネリアが再び口を開くのをじっと待っていた。
「お仕事辞めることになるかもしれないの」
「ええっ!!」
ロジーナは一瞬、自分の耳を疑った。
「辞めるって、事務局?」
コーネリアはコクリと頷く。
「どうして? なんかあったの?」
ロジーナはコーネリアの顔を覗き込んだ。
コーネリアは初級魔術師の頃から、ずっと事務局に憧れていた。
オリエンテーションで講義する師範をみて、あんな風になりたいと、ずっと言っていたのだ。
今、コーネリアはずっと憧れていた職に就いている。
そんなコーネリアが、事務局を辞めるなんて想像できなかった。
「私をね、気に入ってくれた方がいてね……」
「うん」
コーネリアはゆっくりと、言葉を探しているようだった。
「結婚を前提にってお話があってね……」
「うん」
「結婚したら家庭に入ってほしいって……」
コーネリアは再び黙り込んでしまった。
「コーネリアは、お仕事辞めたくないんでしょ?」
ロジーナはコーネリアの顔を覗き込んだ。
「うん。でもね、両親もお兄さんもね、こんないいお話はないっていうの」
コーネリアはうつむきながら言った。
「で、相手はどんな方なの?」
「う~ん。普通の方」
「普通?」
コーネリアはコクリと頷く。
ロジーナは首をひねった。
普通の人とはどういうことなのか、ロジーナには意味がわからなかった。
そんなロジーナの気配を察したのか、コーネリアは口を開いた。
「一般の方なの。私っていつも色々個性的な方々に接しているでしょ? だから、なんかね、一般の普通の方ってこんななのかなって……」
「確かに、変人だらけよね……」
ロジーナはぼそりといった。
ロジーナはずっとこの業界で生きてきたので、他所のことはあまり分からない。
それでも魔術師には変わり者が多いと断言できるくらい、非常に個性豊かな人間ばかり思い浮かぶ。
もちろんロジーナ自身も立派な変わり者だという自覚もあった。
「で、コーネリアは相手の方をどう思うの?」
「悪い方じゃないと思うの」
「好きなの?」
コーネリアは「うーん」と考え込んだ。
「嫌い?」
「嫌いじゃないとは思うの。私のことを気に入ってくれたのはホントにありがたいって思うし……。こんないいお話はもうないっていわれたし……」
コーネリアはうつむいた。
ロジーナは軽くため息をついた。
「あのさ、どうしても仕事辞めなきゃダメなの?」
「うん。そういうの嫌いなんだって」
「え?」
ロジーナは思わず聞き返した。
「奥さんを外で働かせるなんて、そういうのは良くないんだって」
ロジーナは首をひねった。
「ごめん、意味がよくわからないんだけど……」
「あのね、私もよくわからないんだけど、普通はそういうもんなんだって」
「へぇぇ」
ロジーナは黙りこくってしまった。
ロジーナには世間一般の常識はわからない。
分からないけれど、なぜだかすごく違和感をおぼえた。
コーネリアは仕事を辞めたくはないということだけは確かだ。
ロジーナもコーネリアには仕事を辞めてほしくなかった。
せっかく頑張ってここまできたのに、それを捨ててあっさり家庭に入るなんて、ロジーナだったら即座に断るような話だ。
それでもコーネリアは迷っている。
以前のロジーナなら「そんな話、すぐ断るべきよ」と言ったかもしれない。
でも、今のロジーナには言えない。
これはコーネリアの将来にかかわる重大なことだ。
コーネリアが自分で決めなくちゃいけないことだ。
ロジーナが安易な気持ちで口を出すべきではない。
「ロジーナちゃん。聞いてくれてありがとね」
「何も言ってあげられなくて、ごめんね」
ロジーナはうつむき気味に言った。
「そんなことないよぉ。少し整理できたし、もう一度じっくり考えてみるね」
コーネリアはふわっと微笑んだ。




