ルーカスの過去
登場人物紹介(追加)
エルナンド・・・師範魔術師。ルーカスの元師匠。
タチアナ女史・・・上級魔術師。魔術師協会事務局のお局様。
ロジーナはファイルを閉じるとため息をついた。
今日もアリアの実習にちょうどいい依頼は見つからなかった。
もう冬も近い。
冬の依頼は相対的に難易度が高いものが多い。
実習は春になるまで待った方がいいのかもしれない。
ロジーナは待合のベンチに腰をおろした。
「ロジーナちゃ~ん」
「あ、コーネリア」
「お仕事探しぃ?」
コーネリアはロジーナの隣に座った。
「いいのがなかなかなくてねぇ」
「冬だからしかたないよぉ~」
「だよねぇ。早く春にならないかしら」
コーネリアはクスクス笑いだす。
「え?なに?なんかおかしかった?」
「ロジーナちゃんも、すっかりお師匠様なんだなぁと思って~」
「うん。そうかもね」
ロジーナは腕を組むとうなずいた。
「あ、そういえば、ルーカス君、クレメンス先生のお弟子さんになったんだって?」
「そうなの。久々のお弟子だから、クレメンスもはりきってるみたい」
「そうなんだぁ。よかったぁ~」
コーネリアはホッとしたように微笑んだ。
「ねぇ。コーネリアってルーカス君と親しいの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
コーネリアは視線を落とす。
ロジーナはそんなコーネリアを覗き込んだ。
「あのね。ルーカス君の師弟解消の手続きしたの、私なの」
コーネリアはポツリと言った。
**********
それは五年ほど前の出来事だった。
最初の数年、コーネリアは受付の担当だった。
やっと大抵の仕事がこなせるようになった頃、一組の師弟がコーネリアの前に立った。
「よろしくお願いいたします」
師範と思われる温和そうな老人が、優しく微笑みながら書類をコーネリアに渡した。
その斜め後ろに、弟子と思われる栗毛の若者が俯いて立っていた。
穏やかな雰囲気の老人と、物憂げな若者の組み合わせに、コーネリアはなぜか違和感を覚えた。
書類に目を落としたコーネリアは、思わず驚きの声を漏らしそうになった。
『師弟解消届』
書類の上部に、そう記されてあった。
「手続きをいたしますので、あちらでお掛けになってお待ちください」
コーネリアは動揺を抑え、いつもの窓口用の笑顔をつくった。
師弟解消手続はコーネリアにとっては初めてのケースだった。
早まる足を抑え、いつも通りの足取りで、奥の書庫へと向かった。
コーネリアは書庫でファイルを探し出すと、机の上に広げた。
ファイルをめくり、該当の師範の名前を探す。
「コーちゃん。エルナンド先生ご降臨だって?」
肩甲骨をツボ押しでマッサージしながら年配の女性――タチアナ女史が覗きこんできた。
「今度の犠牲者はなんて子?」
タチアナは書類の向きを自分の方になおす。
「ルーカス君。19歳か。あのジジイ、相変わらず、えげつないなぁ」
コーネリアは怪訝な面持ちでタチアナをみる。
「『弟子潰しエルナンド』。無駄に実力あるし、あの優しそうな見てくれに騙されて弟子入りしちゃうのよね。あーあ、早く引退してくんないかしら」
タチアナはそう言いながら、コーネリアをどかせて、ファイルのあるページを開く。
一面、赤く染まったようにみえるページが現れた。
「ほらねー。すっごい人数でしょ。ここまで来るとあっぱれよね」
エルナンドの弟子一覧には師弟解消を示す二重赤線があふれていた。
「中魔とらせてからやめさせるパターン多いでしょ。上魔をだしたことはないんよ。生き残ってるのは高齢万年中魔」
タチアナの言うとおり、上級魔術師は一人もいなかった。
「弟子潰しにかけちゃ、天下一品でござい~」
タチアナは茶化した口調で言ったが、目は笑っていなかった。
茶化さなければいられないくらい、苦々しく思っているのだろう。
「コーちゃん。腹が立つとは思うけど、相手は古狸だから、絶対手ぇ出しちゃダメだかんね」
タチアナはコーネリアに釘を刺すと、大きく伸びをして行ってしまった。
コーネリアは処理を終えると窓口に戻り、エルナンド師弟を呼んだ。
エルナンドは相変わらず優しげな微笑をたたえていた。
「手続きは完了いたしました」
「お手数をおかけいたしました」
エルナンドは柔らかな声で微笑むと会釈をした。
「ルーカスさん。新しい師匠はお決まりなんですか?」
「いえ、廃業します」
固い声でそういうと、ルーカスは俯きながら『専業末梢届』を出してきた。
「そうですか。廃業をしても、中級魔術師以上の方は魔術師名簿には登録しないといけませんので、この『登録変更届』のご記入をあちらで……」
コーネリアの動きが止まる。
コーネリアの目に事務局を出ていくエルナンドの姿が映った。
まるで最初から一人で事務局に来たような、何事もなかったかのようなエルナンドの後姿に、コーネリアは呆然とした。
信じられなかった。
なんて冷たい仕打ちをするのだろう。
二人の間に何があったのかはわからない。
エルナンドにとってどうしても我慢できないようなことがあったのかもしれない。
だとしても、十年近くルーカスはエルナンドの弟子だったのだ。
それを何も言わず、見ず知らずの他人のように置いていくなんて、考えられられなかった。
「あの……」
ルーカスが怪訝な顔をして、コーネリアの様子をうかがっていた。
「あ、すみません。手続きをしてまいりますので、こちらにご記入ください」
コーネリアは『登録変更届』を渡す。
ルーカスはそれを受け取ると、とぼとぼと記帳台へと向かった。
**********
「ひっどーい」
コーネリアの話にロジーナは思わず声をあげた。
「ルーカス君、すっごくいい子だし、かなり才能あるのよ。クレメンスが見込んだくらいだもの」
コーネリアはウンウンと頷く。
「私もエルナンド先生に問題があると思う~」
「ほんと、あり得ない」
ロジーナは口をとがらせる。
「ルーカス君、きっと辛い目にあったと思うの」
コーネリアはあの時のルーカスの様子を思い出しポツリと言った。
「ロジーナちゃん、ルーカス君こと、よろしくね」
「もちろんよ!!」
ロジーナは大きく頷いた。




