アリア、朝練することになる
ロジーナは、クレメンスからアリアの初実習の様子を聞き終わると、ポツリと言った。
「あの娘って、案外臆病なのね」
「そうだな。まぁ、育った環境を考えれば当然だな」
「あぁ、そういわれてみればそうかも……」
アリアは大きな地方都市の出身だ。
しかも伯母夫妻の一人娘として、大切に育てられてきたのだ。
幼いころから、容赦のない兄弟子たちにもまれてきたロジーナとは育ってきた環境が全く違う。
「臆病というのは、決して悪いことではないしな」
「そうね……」
臆病なくらいのがいい。
特に、命が危険に晒されるようなときには、常に細心の注意を払わなければならない。
無謀よりも臆病なくらい慎重に見極めなければ、生還することができないこともあるのだ。
適度に臆病であれば、サムエルのように自分の力を過信した軽率なことはしない。
「問題は体力よねぇ……」
ロジーナは眉間にしわを寄せる。
アリアがそこまで体力がないとは思いもよらなかった。
クレメンスは弟子を決して甘やかすことはない。
必要とあらば、顔色ひとつ変えずに弟子を山中に置き去りにすることもやってのけるような、厳しい師匠だ。
クレメンスがアリアに補助魔法を使ったということは、それだけアリアの状態が悪かったのだろう。
もっとちゃんとアリアのことを考えてやるべきだった。
もっと様子に気を配るべきだった。
アリアの育ってきた環境を考慮していれば、もっと早くに気付いてやることができたはずだ。
「体力はこれからいくらでも強化できるだろ?」
考え込むロジーナにクレメンスは言った。
「それはそうなんだけど……」
ロジーナは腕を組みながら「うーん」と唸った。
ロジーナには、人並み以上の体力はある。
三日三晩不眠不休で魔術を行うぐらいのことはやってのける。
しかし、体力をつけたり維持するために、何かを継続して行うということは大の苦手なのだ。
ついつい怠け癖が出て、なんだかんだ理由をつけては「今日はここまで」と適当に切り上げてしまいかねない。
ロジーナは、ふと思いつきクレメンスの顔を見る。
「ねぇ、クレメンス。あなた毎朝走ってるわよね?」
クレメンスはニヤリとしながら頷く。
「ついでにアリアも連れてってくれない?」
ロジーナは手を合わせてクレメンスを拝む。
「お安い御用だ」
クレメンスはそう言うと「フフフフ」と楽しそうに嗤った。
****
翌朝、アリアが朝食の準備をしていると、ロジーナがやってきた。
「アリア。明日から朝食は私が作るから」
アリアはキョトンとした顔でロジーナを見る。
「あんたは朝練」
「朝練?」
アリアはよくわからずに首をかしげる。
「今の体力じゃ、お仕事に連れてけないでしょ」
確かに昨日のアリアはバテバテだった。
クレメンスの魔法がなかったら、途中でひっくり返っていたかもしれない。
「ああ、そうそう。朝練はクレメンスが担当するから」
「え?旦那様が?」
思わぬ展開に、アリアは驚く。
「そうよ。良かったわねぇ、アリア。クレメンスは毎朝裏山を走ってるから、すぐに体力がつくわよ」
「え゛」
アリアの顔が引きつる。
「あのぉ、私、お師匠様がいいですぅ」
アリアは甘えた声で懇願する。
出来ればロジーナがいい。
というより、ロジーナがいい。
ロジーナじゃなきゃ嫌だ。
平らな道も大変なのに、裏山なんて絶対に無理だ。
それに、なんとなくだけれど、クレメンスにはロジーナのような優しさがない気がする。
なにしろ昨日、崖から突き落とされたばかりなのだ。
朝から死にたくない。
「お師匠様ぁ。お願いですぅ」
「私はインドア派なの。朝から走るなんて無理」
ロジーナは腰に手をあて、きっぱりと言い放った。
翌日からアリアにとっては地獄のような朝練がはじまった。




