大人気ない諍い
登場人物紹介(追加)
ヘレン・・・ハンスの弟子。初級魔術師。
「本当にごめんなさい」
アリアはヘレンに向かって頭を下げた。
「もういいわ」
ヘレンは目をそらしながら言った。
「弟子同士のささいないざこざだ。水に流してやろう」
ハンスの言葉にロジーナは振り向く。
「ハンス先輩。許していただけるんですか?」
ロジーナは普段より1オクターブ高い声で言った。
「ああ」
「ありがとうございます。じゃあ、ここからは五分と五分ですよね?」
にこやかなロジーナに、ハンスは少し戸惑い気味に頷いた。
「そう……。じゃあ……。ヘレンさん。私は魔物なんですってね?」
ロジーナは口元に笑みを浮かべながら、優しい声で言った。
目は笑っていない。
「ち、違います。あれは……」
ヘレンは真っ青になりながら後ずさる。
「あれは?」
ロジーナは微笑みながら一歩前に出る。
「わ、私じゃなくて……」
ヘレンの視線が居並ぶハンスの弟子たちの方に移る。
「ぼ、僕じゃない」
振り向いたロジーナに一人の青年が即座に否定する。
「ふぅん、じゃあ、誰?」
弟子たちの視線が一斉にハンスに注がれたのを、ロジーナは見逃さなかった。
「ロジーナ。もういいじゃないか」
ハンスが声をかける。
「ふ~ん。やっぱりあんたなのね。泣き虫ハンス」
ロジーナはハンスを斜めに見ながら、低い声で言った。
ロジーナはハンスが昔から大嫌いだった。
確かに入門はロジーナの方が1年くらい遅いし、年齢も少し下だ。しかし実力はロジーナの方がはるかに上回る。それなのに、ハンスはことあるごとにロジーナに突っかかってきて先輩風を吹かせる。特にロジーナがトラブルを起こしたときなどは、癇に障る口ぶりで説教をしてきたりするのだ。その説教にカチンときたロジーナは反撃し、事態はさらに悪化するのだ。
「おい、もう一度言ってみろ」
ハンスはじろりとロジーナを睨む。
ハンスはロジーナを忌ま忌ましく思っていた。
ロジーナは入門した時から態度が生意気だった。にこりともせず、人を見下したような顔をして、挨拶すらまともにできなかった。トラブルを巻き起こしても、反省するどころか、あやまる気配もなかった。あまりにも傍若無人な態度を見かねて注意すれば、きまって大暴れするのだ。
ハンスにとってロジーナは魔物そのものだった。
「何度でも言ったげる。泣き虫ハンス、泣き虫ハンス、泣き虫ハンス」
ロジーナは口を突き出すように言う。
「泣き虫言うな!!」
ハンスは真っ赤になり怒鳴った。
「事実を言ったまでよ。な・き・む・し・ハ・ン・ス」
ロジーナは口元に薄ら笑いを浮かべ、わざと「泣き虫」を強調する。
「言わせておけば」
ハンスの身体から魔力が立ちのぼる。
「あ~ら、ずいぶんと強気ですこと。また泣かされたいのかしらね」
ロジーナの黒髪がたなびき、身体が銀色の光に包まれる。
その圧倒的な魔力の気配にハンスは思わず後ずさる。
「あら?泣き虫ちゃん。もう涙目よ。泣いちゃうのぉ?」
ロジーナが高らかに笑う。
「なんだと」
ハンスの指が動きだす。
「ふたりともいい加減にしないか」
ふたりの間にクレメンスが現れた。
「師匠」
ハンスは即座に魔力をおさめて会釈する。
「クレメンス。邪魔しないでちょうだい。売られた喧嘩は買う主義なの」
ロジーナは宙に浮かびあがった。
クレメンスは軽くため息をついた。
「そうか。ならばこの喧嘩は私が預かろう。どうだ?」
「そっちしだいよ」
ロジーナはハンスを睨みながら顎をしゃくる。
クレメンスはハンスに視線を動かす。
「ハンス」
「師匠にお預けします」
ハンスはクレメンスに軽く頭を下げる。
「ロジーナ」
「仕方ないわね」
ロジーナも魔力をおさめ、着地する。
「命拾いしたわね、泣き虫ハンス」
ハンスは舌打ちして口を開こうとしたが、クレメンスに目で制される。
「ふん。アリア、帰るわよ」
ロジーナはそう言うとでアリアとその場から消えた。
「ハンス」
ロジーナとアリアを見送ると、クレメンスはハンスの方に向きなおった。
「わかっているとは思うが、あれが本気で暴れたら私でも止めることは難しい」
言いながらハンスのすぐ目の前に立つ。
「以後、言動に気をつけることだな」
クレメンスは低く静かな声で言い残すと、その場から消えた。
クレメンスが館に戻ると、ロジーナはソファーで一人くつろいでいた。
「ロジーナ。少しは自重しなさい」
「したわよ?弟子の前じゃなかったら瞬殺してたわよ、あんな雑魚」
ロジーナはそっぽを向く。
「お師匠様ぁ。お持ちしましたぁ」
アリアがお盆にお茶とかりんとうを載せて居間に入ってきた。
「旦那様、お帰りなさい。旦那様の分も用意してありますよ」
「アリア気が利くわねぇ」
ロジーナは立ち上がり、アリアのお盆からかりんとうをつまむ。
「う~ん。おいしい。やっぱり甘いものはいいわね」
「いい色してますよね。おいしそうですぅ」
アリアもニコニコしながらテーブルに並べる。
そんな二人の様子を見ながら、クレメンスは大きなため息をついた。




