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ロジーナ弟子をとる  作者: 岸野果絵
見習い魔術師編
23/100

大人気ない諍い

登場人物紹介(追加)


ヘレン・・・ハンスの弟子。初級魔術師。


「本当にごめんなさい」

 アリアはヘレンに向かって頭を下げた。

「もういいわ」

 ヘレンは目をそらしながら言った。


「弟子同士のささいないざこざだ。水に流してやろう」

 ハンスの言葉にロジーナは振り向く。

「ハンス先輩。許していただけるんですか?」

 ロジーナは普段より1オクターブ高い声で言った。

「ああ」

「ありがとうございます。じゃあ、ここからは五分と五分ですよね?」

 にこやかなロジーナに、ハンスは少し戸惑い気味に頷いた。


「そう……。じゃあ……。ヘレンさん。私は魔物なんですってね?」

 ロジーナは口元に笑みを浮かべながら、優しい声で言った。

 目は笑っていない。

「ち、違います。あれは……」

 ヘレンは真っ青になりながら後ずさる。

「あれは?」

 ロジーナは微笑みながら一歩前に出る。

「わ、私じゃなくて……」

 ヘレンの視線が居並ぶハンスの弟子たちの方に移る。

「ぼ、僕じゃない」

 振り向いたロジーナに一人の青年が即座に否定する。

「ふぅん、じゃあ、誰?」

 弟子たちの視線が一斉にハンスに注がれたのを、ロジーナは見逃さなかった。


「ロジーナ。もういいじゃないか」

 ハンスが声をかける。

「ふ~ん。やっぱりあんたなのね。泣き虫ハンス」

 ロジーナはハンスを斜めに見ながら、低い声で言った。


 ロジーナはハンスが昔から大嫌いだった。

 確かに入門はロジーナの方が1年くらい遅いし、年齢も少し下だ。しかし実力はロジーナの方がはるかに上回る。それなのに、ハンスはことあるごとにロジーナに突っかかってきて先輩風を吹かせる。特にロジーナがトラブルを起こしたときなどは、癇に障る口ぶりで説教をしてきたりするのだ。その説教にカチンときたロジーナは反撃し、事態はさらに悪化するのだ。


「おい、もう一度言ってみろ」

 ハンスはじろりとロジーナを睨む。


 ハンスはロジーナを忌ま忌ましく思っていた。

 ロジーナは入門した時から態度が生意気だった。にこりともせず、人を見下したような顔をして、挨拶すらまともにできなかった。トラブルを巻き起こしても、反省するどころか、あやまる気配もなかった。あまりにも傍若無人な態度を見かねて注意すれば、きまって大暴れするのだ。

 ハンスにとってロジーナは魔物そのものだった。


「何度でも言ったげる。泣き虫ハンス、泣き虫ハンス、泣き虫ハンス」

 ロジーナは口を突き出すように言う。

「泣き虫言うな!!」

 ハンスは真っ赤になり怒鳴った。

「事実を言ったまでよ。な・き・む・し・ハ・ン・ス」

 ロジーナは口元に薄ら笑いを浮かべ、わざと「泣き虫」を強調する。


「言わせておけば」

 ハンスの身体から魔力が立ちのぼる。

「あ~ら、ずいぶんと強気ですこと。また泣かされたいのかしらね」

 ロジーナの黒髪がたなびき、身体が銀色の光に包まれる。

 その圧倒的な魔力の気配にハンスは思わず後ずさる。


「あら?泣き虫ちゃん。もう涙目よ。泣いちゃうのぉ?」

 ロジーナが高らかに笑う。

「なんだと」

 ハンスの指が動きだす。


「ふたりともいい加減にしないか」

 ふたりの間にクレメンスが現れた。


「師匠」

 ハンスは即座に魔力をおさめて会釈する。

「クレメンス。邪魔しないでちょうだい。売られた喧嘩は買う主義なの」

 ロジーナは宙に浮かびあがった。


 クレメンスは軽くため息をついた。

「そうか。ならばこの喧嘩は私が預かろう。どうだ?」

「そっちしだいよ」

 ロジーナはハンスを睨みながら顎をしゃくる。


 クレメンスはハンスに視線を動かす。

「ハンス」

「師匠にお預けします」

 ハンスはクレメンスに軽く頭を下げる。


「ロジーナ」

「仕方ないわね」

 ロジーナも魔力をおさめ、着地する。

「命拾いしたわね、泣き虫ハンス」

 ハンスは舌打ちして口を開こうとしたが、クレメンスに目で制される。


「ふん。アリア、帰るわよ」

 ロジーナはそう言うとでアリアとその場から消えた。


「ハンス」

 ロジーナとアリアを見送ると、クレメンスはハンスの方に向きなおった。

「わかっているとは思うが、あれが本気で暴れたら私でも止めることは難しい」

 言いながらハンスのすぐ目の前に立つ。

「以後、言動に気をつけることだな」

 クレメンスは低く静かな声で言い残すと、その場から消えた。



 クレメンスが館に戻ると、ロジーナはソファーで一人くつろいでいた。

「ロジーナ。少しは自重しなさい」

「したわよ?弟子の前じゃなかったら瞬殺してたわよ、あんな雑魚」

 ロジーナはそっぽを向く。


「お師匠様ぁ。お持ちしましたぁ」

 アリアがお盆にお茶とかりんとうを載せて居間に入ってきた。

「旦那様、お帰りなさい。旦那様の分も用意してありますよ」

「アリア気が利くわねぇ」

 ロジーナは立ち上がり、アリアのお盆からかりんとうをつまむ。

「う~ん。おいしい。やっぱり甘いものはいいわね」

「いい色してますよね。おいしそうですぅ」

 アリアもニコニコしながらテーブルに並べる。


 そんな二人の様子を見ながら、クレメンスは大きなため息をついた。

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