ロジーナ、梨を食べる
「食事はとったのか?」
クレメンスは部屋に来るや否や、ロジーナに尋ねた。
「とったわよ」
ロジーナは目を逸らしながら答えた。クレメンスは探るような瞳でじっとロジーナの顔を見つめる。
「……食べてないわ」
ロジーナはうつむいて呟いた。
「そうか」
クレメンスは部屋から出て行った。
しばらくすると、クレメンスは食事を持って現れた。無言でロジーナの前におにぎりを置く。
「食欲はないわ」
ロジーナは顔をそむける。
「いいから食べなさい」
クレメンスは強い口調で言った。
ロジーナは仕方なくおにぎりに手を伸ばし、一口食べる。お腹がギュルっと鳴った。ロジーナは二口、三口と食べ続ける。
不思議だった。確かに、さっきまでは何も食べる気がしなかった。お腹なんか空いてないと思ってた。お腹なんか空かしてる場合ではないと思っていた。それなのに、一口食べたら、それが呼び水のようになって止まらない。
ロジーナはあっという間に全てのおにぎりを平らげた。
「もっと食べるか?」
ロジーナは首を振る。
「そうか」
クレメンスは手にした梨を器用にむきはじめる。ロジーナはクレメンスの手元を眺めていた。
ロジーナには、クレメンスがどうして何も言わないのかはわかっていた。今回の件は、ロジーナとアリアが自分たちで乗り越えなければいけない、云わば課題のようなものだ。絶対に乗り越えられる。クレメンスはそう信じているから何も言わない。たぶん、そういう事だ。
クレメンスは梨を切り分け、お皿に盛っている。
今のところ、ロジーナは致命的なミスを犯していない。もしもなにか重大な間違いを犯しているのならば、クレメンスは指摘してくれるはずだ。とりあえずは、このまま突き進めばいいはずだ。
ロジーナは梨を一口食べる。心地よい歯ざわりとともに、みずみずしくさわやかな甘みがひろがる。
「おいしい……」
「だろ?今年は当たり年だ」
クレメンスも梨を一欠片とる。
シャリシャリという音が静かな室内に響く。
「食事はちゃんととるようにするわ」
ロジーナがポツリと言った。クレメンスは満足そうにうなずいた。
梨を食べ終えると、クレメンスはトレーを持って部屋を出ようとした。ロジーナはその背中にすがりつく様に額を押し当てた。クレメンスは振り向こうとしたが、ロジーナはそのままの態勢で首をフルフルと振った。
「少しだけ、こうさせていて……」
ロジーナは少し態勢を動かし、クレメンスの背中に頬をあてた。
「アリアの様子はどう?」
「落ち込んではいるが、食欲はあるようだ」
「そう……」
ロジーナは頷くと、ゆっくりとクレメンスの背中から離れる。
「ありがとう。もう大丈夫」
振り向いたクレメンスに、ロジーナは微笑んだ。




