ロジーナ、ハラハラする
ロジーナはアリアを見送ると、ほっと一息ついた。
朝からアリアに振り回されっぱなしだった。初級試験の話をしたときには、あんなに戸惑っていたのに、本部に来てからのアリアは緊張の欠片も感じていないようだった。あんな状態で、無事に試験を終えることができるのだろうか。いや、過度に緊張するよりかはましかもしれない。
アリアにしてやれることは全てしてやった。あとは本人の頑張り次第なのだ。アリアなら大丈夫。ロジーナは自分にそう言いきかせながら師範の控室へと向かった。
控室には、すでに何人もの師範がいた。
見知った顔と関わりたくない。ロジーナはなるべく入り口から離れた壁際のテーブルの向った。
「こちら、よろしいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
ロジーナは先客に断ってから座った。
「いやぁ~。何度経験しても緊張しますなぁ」
隣の男性が話しかけてきた。
「私、はじめてなんですよ」
「先生、はじめてなんですか。そりゃぁ、さぞかし気が気じゃないでしょうねぇ」
「そうなんですよぉ」
ロジーナはウンウンとうなづく。
アリアは今頃どうしているのだろうか。落ち着いて取り組んでいるのだろうか。黙ってじっと待っているよりも、こうして誰かと話していると気がまぎれる。
「うちのはね、上がり症なんですよ。いやぁ、もう心配で心配で」
男性はさきほどから指を組んだり離したりしている。よっぽど気になるのだろう。
「先生、うちの子はのんびりでねぇ。今日なんか起きてこなくてねぇ。参りましたよ」
向かいの師範たちも話の輪に入ってきた。
「うちの弟子なんか、朝から受験票がないって大騒ぎですよ」
「ありゃ。そりゃ……。見つかりましたか?」
「お蔭様で、なんとか」
「ああよかった。再発行は大変なんですよ」
「先生、やったことがおありに?」
「はい。もう手続きがややこしくて。その上、横で泣くんですよ。弟子が」
「泣きましたか」
「もう、ワンワン泣かれてねぇ。泣きたいのはこっちの方でしたよ」
和やかに会話は続くが、どことなくそわそわした空気が流れている。話題は弟子のことばかりだ。みな、弟子のことが気がかりでしょうがないのだろう。
アリアのためにしてやれることは全てしてきたつもりだ。アリアなら当然受かるはずだ。ロジーナはそう確信してはいるが、やはり心配でしょうがない。もっと他に何かしてやれることがあったんじゃないか。何か忘れてることがあるのではないだろうか。
「いやぁ、ほんと、自分が試験を受ける方がどんなに楽か……」
「ですよねぇ」
師範たちがうなづく。ロジーナも全く同感だ。
ロジーナの師匠であるクレメンスもこんな気持ちだったのだろうか。自分が受験生だったときは想像もつかなかった。自分のことだけで精一杯で周囲のことなど全く目にはいらなかった。それどころか「自分が試験を受けないからっていい気なもんだ」とちょっぴり恨んだこともさえある。穴があったら入りたい……。
ロジーナ室内を見回した。窓際の方でさっきからしきりにに立ったり座ったりしている者もいる。よく見るとハンスだった。その近くで腕を組んで寝ているようにみえるのはカルロスだ。
見つかったら厄介だ。ロジーナはこっそりと椅子の角度をずらした。
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会場からぞろぞろと受験生が出てくる。
ロジーナは出入口から少し離れた柱の陰から顔を出していた。本当ならど真ん中でアリアを出迎えたかったが、ど真ん中には兄弟子たちが陣取っていたのだ。
以前のロジーナなら、兄弟子が居ようが居まいが気にも留めなかった。だが、今は事情が違う。ロジーナが誰かとトラブルを起こせば、アリアにとばっちりがいってしまう恐れがある。本当は兄弟子たちとも上手く関わっていかなければならないのだが、ロジーナにはまだそこまでの覚悟はできていなかった。
「お師匠様ぁ」
アリアは目ざとくロジーナを見つけ、駆け寄ってきた。その表情は晴れやかだ。
「手応えがあったようね」
アリアはにこにこしながらうなずいた。ロジーナはホッと胸をなでおろした。




